来日26年で倒産も経験「シディーク社長」逆転人生

東京タワーにパキスタン料理店を出すまでに再起

東京タワーに出店した味庵・ラムザン・シディークさん(筆者撮影)
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11月1日。東京タワーの2階、飲食店や土産物屋が軒を連ねるフットタウンの一角で、華やかなセレモニーが開かれていた。パキスタン料理店「シディークパレス」が、グランドオープンを迎えていたのだ。

パキスタン大使や、東京タワー社長も臨席する中、店を運営する「和新トレーディング」の取締役、味庵(ミアン)・ラムザン・シディークさん(52)が壇上に上がった。日本に帰化したパキスタン人らしく、流暢な日本語であいさつをする。

「日本の中心は東京で、そのハートが東京タワーです。そこに、私たちの店があります。まさか、東京タワーで店ができるとは思ってもいなかったので、皆さんに感謝しています」

東京の象徴でもあり、日本を代表する観光スポットに、海外出身の社長の会社が参入するというのは大きな快挙だ。しかしミアンさんが来日してから26年、たどった道のりはなかなかに険しいものだった。

貿易をやりたくて1995年に来日

「もともとね、貿易をやりたくて日本に来たんですよ」

パキスタン東部ラホールで生まれ育ったミアンさんが大学生のころ、1990年代といえば、日本がまだまだ元気だった時代だ。パキスタンにも日本製品があふれていた。

「車でも家電でも、身のまわりのものはなんでも日本製。こういう商品を、パキスタンにもっと輸入できないかって思ったんです」

ミアンさんの父はさまざまなビジネスを手がける人だった。自転車の部品の生産、生地の販売、それに不動産業まで多角経営を行うその背中を見てきたミアンさんは、「自分もいつかは商売をするもんだと思っていた」のだそうだ。そんな志を持って、1995年に日本の地を踏んだ。

まずは言葉だろうと東京・渋谷の日本語学校に通い始めたミアンさんは、生活のためにアルバイトも始めた。カラオケ屋というが、力士やプロ野球選手も顔を出したというから、高級ラウンジのような店だったのだろう。

「昼に学校で習ったことを、夜のバイト先でどんどん試せるんです」

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