台湾の国会議員はなぜ「学生スパイ」だったのか 「ハッピーエンド」だけではない台湾の民主化の軌跡
軍人が警察組織に入り、さらに地方の役場に入ることで、監視対象の本人だけでなくその親類縁者まで把握できるようにする――。防犯カメラも驚く監視の目が張り巡らされていたのだ。
「移行期の正義促進委員会」は2018年5月31日に発足したが、今回の黄氏の事件は、人々に問題の複雑さや深刻さを、改めて感じさせる状況をつくった。そもそも誰が誰に監視されたり密告されたりしたのか、今となっては詳細がわかりにくい状況にある。最上流のところでは蒋介石らトップであることはわかっているが、さまざまな部署で独自に情報機関を有しており、それらの活動を把握するだけでも大変だという。また、今回のように、必ずしもハッピーエンドでは終わらない、社会に新たな傷跡を残す可能性も十分にありうるのだ。
2021年10月18日、このような悲劇を生み出した元凶である国民党の現主席・朱立倫氏は、「これは民進党内の派閥間抗争であり、とくにコメントしない。だが、あのような行為は、あの時代の情報当局が行ったもので国民党ではない」とコメントした。
「移行期の正義は仇討ちでも政治的道具でもない」
これに対し、与党をはじめ、さまざまなところからすぐに反論が上がった。行政院長(首相)の蘇貞昌氏は、「過去、情報機関のトップは国民党のトップであったことは事実であり、(朱氏の発言は)まるで人を殺したのは凶器の包丁で人間ではないと言っているに等しい」と反論。また、作家の馮光遠氏は、「朱氏は間違っていないのかもしれない。多くの犠牲者を出した2・28事件も白色テロも、蒋介石とも蒋経国とも関係がない。誰も彼らが銃の引き金を引いたところは見た者はいないのだから。むしろ関係があるのは馬場町や安坑処刑場で銃の引き金を引いた憲兵隊ら将兵だということだ」と痛烈に皮肉っている。
これら世論の猛批判を受け、朱氏は「当時は蒋介石、経国それに李登輝が総統で国民党が政権を担っていたので、当然、責任はある」とコメントを修正している。加害者である政党とその党首が台湾の民主化に何ら寄与せず、あわよくば責任逃れする態度に人々が憤ったのは言うまでもない。
自身も白色テロの被害者であり、監察院長で国家人権委員会主席委員を兼務する陳菊氏は自身のSNSで、「移行期正義は仇討ちのような報復ではなく、ましてや政治闘争の道具でもない。社会を真実の光で和解に導くものだ。すべての被害者やその家族が名誉を回復し、権威主義体制下で行われた人間性への攻撃や否定を世に知らしめて、過ちを繰り返さず、台湾の民主主義と自由をより成長させるためにある」と語っている。
台湾の民主化というと、成功体験のようなハッピーエンドの話になりがちだが、黄氏の事件に代表されるような痛みが現在も続いていることを知るべきだろう。台湾社会が持つすべてを包み込むようなやさしさや懐の深さがいよいよ試されている。
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