今の日本に「バラマキ政策」適さないシンプルな訳 財政出動は「乗数効果」「雇用の質」基準に増やせ

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しかし、言うまでもなく、これは特殊なケースでしかありません。実際にはこのように教科書どおりにはなりません。海外ではこの乗数が実際はどれくらいなのか、データ分析によって確認されています。

乗数を変化させるさまざな要因

まず、誰を対象とした財政出動を行うかによって乗数効果は変わります。富裕層を対象とした場合は乗数効果が小さくなり、貧困層を対象とした場合は大きくなる傾向が確認されています。

また、使途によって需要の持続性も異なってきます。一般的に、公共投資は最も持続性が高いとされています。

さらに、需要を創出した後に、どこまで供給側が反応するかという供給制限も乗数に影響を与えます。輸入の影響も受けますし、財政出動によって、そもそもの限界消費性向が変わることも確認されています。

民間需要のクラウディングアウトがどれほど起きるかによっても、乗数は異なってきます。クラウディングアウトとは、政府支出が民間の需要を「相殺」してしまうことです。

例えば、今年100兆円の公共投資を行おうとしても、建設事業者は他にも民間の事業を行っているので、公共工事の金額が大きくなればなるほど、両者をこなすのは現実的に不可能になります。仮に雇用を増やしたとしても、単年度の供給制限は残るので、利益率が高ければ、公共工事を請け負った分、一部の民間事業の依頼を断ることになります。

つまり、100兆円の公共工事を行ったからといって、需要が100兆円まるまる増えるとは限らないのです。

もう1つ見逃してはいけない大事なポイントがあります。IMFが出している「Fiscal Multipliers: Size, Determinants, and Use in Macroeconomic Projections」という論文によると、ケインズ的な財政出動の乗数は、不況のときのほうが不況ではないときよりも大きいとあります。

この違いは、供給側がどこまで供給を増やせるかによって生じます。

先ほど「ケインズ経済学では、不況のときに財政出動を行えば、需要が増え、それに伴い失業者が減り、需給の均衡がもとに戻る」と説明しました。不況のときは失業者があふれているので、彼らを雇用することで供給を増やせる反面、不況でないときは新規雇用が難しいためそこまで供給を増やせません。この違いが、財政出動の乗数の違いに関わってくると考えられているのです。

一方、金利が低ければ低いほど、乗数効果が高まるとされています。この件に関してはたくさんの論文で報告されています。

海外のデータ分析によると、金利がゼロで非常に景気が悪いときには、1.5くらいの乗数効果が得られると分析されています。しかし、不況ではないときは、よくても0.7、悪い場合は0.3に留まるとされています。このような違いが生じるのは、先ほど説明したとおり主に失業者の数が違うからです。

注:縦軸が財政支出総額に対する乗数効果。灰色が不況時。不況時以外は多くの場合で乗数効果が1を下回っていることがわかる。
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