オードリー・タンを「絶望の淵」から救った人たち 小3で休学したわが子の変化を見た母の記憶

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(写真提供:唐光華/オードリー・タン)

李雅卿が正直に打ち明けると、蔡先生は「あなたは小さい頃、学校に行くのが好きだったんですか?」と笑った。「どうなんでしょう、こんな問題、考えたことがないかもしれません」と李雅卿が答えられずにいると、「そうでしょうね。あなたのような母親を持ったから、お子さんはこういった問題に挑戦できるんですよ」と言って、蔡先生は立ち去った。

李雅卿は階段口に立ちつくしたまま、長い時間動けなくなった。

「私は子どもにどうなってほしいのだろう? 私は自分自身に訊いた。
温和? 従順? 明るい? 理性的? 寛大? 意志が強い? 独立している? 順応できる? 機敏? 正直? 

――この時、突然自分の中にある貪欲な心と、その矛盾に気が付いた。私が心の中で求めているような子どもは、この世に存在せず、自分でもなることのできない『聖人』だ。そう思った途端に考えがはっきりし、身も心も明るくなった。もう、どんな子どもになってほしいかなど考えない。私は子どもがしっかりと生きていてくれたらそれで良い、ありのままで良いじゃないか!」

蔡先生の啓発を受けた李雅卿はオードリーの休学を受け入れ、1人、また1人とオードリーにとって恩師となる教育者たちと出会っていく。この時の彼女はまだそれを知らないし、それを目指したわけでもない。ただひたすら、オードリーの心を取り戻したいと願って行動しただけなのだと思う。

ギフテッドではない筆者に、ギフテッドであることの苦しみを理解することはできないが、少なくとも、この天賦の才能をいかんなく発揮できる人や場所に巡り合うことが、決してたやすくないということは分かる。それに、大人と同じかそれ以上に数学や物理ができるからといって、人と関わる力まで最初から成熟しているわけではない。オードリーの場合、人格形成の要となる時期を導いてくれたのが、この時に出会う教育者たちだった。

外に連れ出してくれた「教育者」

まず出会ったのは、楊文貴(ヤン・ウェングェイ)という大学教授だ。

あるセミナーに主婦連盟の代表として参加した李雅卿は、セミナー中にした質問が「一般的な保護者が関心を持つ問題でなかった」ことから、国立台北師範学院(現:国立台北教育大学)のカウンセリング学科で教鞭を執っていた楊文貴教授から声をかけられた。これをきっかけに、楊文貴教授はオードリーや宗浩を遊びに連れて行ってくれるようになる。

彼らが海水浴や絵画展へと出かける際、李雅卿は車の運転を担当することになった。しょっちゅう出かける様子を見て、祖母が李雅卿に彼氏ができたと誤解するほどだった。唐光華がドイツから国際電話をかけ、自分もすべて承知した上で支持しているのだから安心するよう伝えている。

ある時、台湾北部の宜蘭で行われた楊文貴教授の実験教育キャンプにゲストとして参加したオードリーは、他の大学生たちの中で特別扱いをされることもなく、自分の年齢を忘れて楽しく過ごした。一晩目はいつも通りベッドに入ると泣き出し、李雅卿に抱きしめられて眠ったが、三晩目には1人で眠り、これ以降、悪夢にうなされて夜中に目覚めることはなくなったという。

李雅卿の喜ぶ様子が伝わってくる。

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