オードリー・タンを「絶望の淵」から救った人たち 小3で休学したわが子の変化を見た母の記憶
休学し、殻に閉じこもった日々に見えた光明
小学3年生で休学してから、オードリーはまるで「雷に打たれた後のウミガメ」のように頭や手足を縮めて硬い殻の中に閉じこもり、日々コンピュータや書に明け暮れていた。
そんなある日、李雅卿がオードリーを連れて散歩をしていると、家から歩いて20分ほどの山ぎわにある《指南(しなん)小学校》の校長にばったり遭遇し、立ち話の流れで校長からうちの学校に通わないかと誘われた。実際に訪ねてみると、人数も少なくこじんまりとした学校で、子どもたちも教師たちも良い雰囲気だ。
「うちで新しい生活が始められるかもしれないね」と校長に言われたオードリーが「僕は他の子どもたちと違うんです! 少し特別なんです」と言ったのに対する、談話に同席していた蔡文芷(ツァイ・ウェンズー)という教師の「うちの生徒はみんな特別だよ!」という一言がきっかけとなり、オードリーは指南小学校に転入することになった。
穏やかな校風の指南小学校は、前の学校のギフテッドクラスのように競争心や比較に満ち溢れてはいなかったものの、オードリーにはやはり、一般的な学校のカリキュラムが合わなかった。そして、皆が揃って同じことをする団体行動になじめなかった。学校の図書館の蔵書を「スキャン」し終わると、また学校に行きたくないと言い出した。
前述した蔡文芷先生は心根の優しい教師だったのだろう、何度もオードリーの自宅を訪問してくれたそうだ。ある日、家に来てくれた蔡先生の帰りを見送る時、申し訳なくなった李雅卿が「本当に、あの子はどうしてこうなってしまったのでしょう」と言うと、蔡先生は「あなたの態度は必ずお子さんに影響しますから、学校に行かせたいのであれば、時には頑なになることも必要ですよ」と返した。
「頑なになったこともあります。でも私が頑なになれば子どもが悪夢にうなされるので、仕方がありませんでした。それに私には子どもが学校に行かなければならない理由が本当に見当たらなくて、説得できないんです」。
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