懐かしい「子供番組」の歴史で見えたテレビの課題 動画配信時代に埋没しないために必要なこと

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初の国産アニメといわれる「鉄腕アトム」(1963年・フジテレビ)は手塚治虫の漫画が原作で、アニメ化の前には2回実写版が放送されている(1957年・ラジオ東京テレビの人形劇、1959年・毎日放送の一部特撮版)。アニメ版の成功は、キャラクタービジネスの成功であり、またそれまで難しかった物語世界および造形を忠実に再現できることを意味した。

これにより、一度1960年に実写化(日本テレビ)されていた横山光輝原作の「鉄人28号」(1963年・フジテレビ)は一気にテレビのヒーローとなった。

また、アニメが「少女向け番組」の世界を広げたことにも触れておきたい。横山光輝原作の「魔法使いサリー」(1966年・NET)は魔法を使うゆえ実写化には特撮の技術が必要とされる場面が多い。その点もアニメゆえに解決できたことだろう。

女の子が楽しめる番組を開発

その後の赤塚不二夫原作「ひみつのアッコちゃん」(1969年・同)などと合わせて、のちに東映の「魔女っ子シリーズ」として扱われるようになった作品群のほかにも、手塚治虫原作の「ふしぎなメルモ」(1971年・朝日放送=TBS系列)のような科学の分野を扱ったもの、「キャンディ・キャンディ」(1976年・NET)のように舞台が外国のものなどまで放送できるようになった。

これらは、それまで男の子向け中心だった原作(漫画・小説)の物語世界をテレビで再現するにとどまらず、おもに女の子が楽しめる番組の開発を可能にした。

その延長線上には「世界名作劇場」(1969年・フジテレビ)があった。「ムーミン」(1969・1972年)や「赤毛のアン」(1979年)などの海外文学作品のアニメ化は、日本PTA全国協議会なども絶賛した。

余談だが、1969年版ムーミンのオープニングでは字幕に「推せん」として日本視聴者会議、中央児童文化審議会、放送批評懇談会(第11回)が名を連ねている。補足すると、この第11回とは当時のギャラクシー賞が設けていた期間選奨の11回目(1969年10~12月期)を意味する。

さらに、テレビ局の経営危機を救ったともいえるのが「マンガのくに」(1967年・東京12チャンネル)だ。1964年に科学教育専門局として開局したもののすぐに経営危機となった同局は、1966年に大幅な放送時間削減を行った。この緊急事態から抜け出したときに午後6時45分に平日ベルト編成したのが「マンガのくに」だった。

この枠は海外アニメが中心だったが、かつてNETで半年余り放送された「チキチキマシン猛レース」を頻繁に再放送するなどして関東地区の子どもの間で定着する。さらに71年には同様の「まんがキッドボックス」を開始する。こちらは明治製菓が一社提供枠で、80年代にテレビ東京と改名し、大阪や愛知にネットワークを広げるまでの東京12チャンネルの安定化に大いに貢献した。

今やアニメは子ども向けとはいえないほど多岐にわたるようになったが、初期のテレビアニメの功績は大きかったといえるだろう。

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