日本人が自民党だけを選び続けてきた2つの理由 田原総一朗が振り返る国民と自民党の関係

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そして1980年代に入って、日本は凄まじい輸出力を有することになり、アメリカに集中豪雨的に輸出し始めた。アメリカは、深刻な貿易赤字となった。

そこで、レーガン大統領は、日本からの輸出を止め、逆に日本への輸出を増大させるために、日本をまるで敵国であるかのように無理難題を次々と押しつけてきた。

たとえば、竹下登蔵相(当時)を強引にニューヨークに呼び出し、「円高にせよ」と要求した。そのために、1ドル=238円だったのが、153円となり、円高不況となった。さらに、次々と輸出規制を要求し、「前川レポート」で無理矢理に内需拡大をさせられて、バブル経済となり、それが崩壊した。

僕は、中曽根首相に、「なぜアメリカのこんな無理難題を、日本は受け入れなければならないのか」と問うと、「安全保障をアメリカに委ねているからね」と苦い表情で話した。
こうした不況の中、1990年代にアメリカでIT革命が起きた。インターネットが開発されたのである。

日本の産業界はアメリカの3周遅れ

だが、日本は、いわゆる日本的経営の構造的な問題で、IT革命に参入できず、人工知能の権威である東大の松尾豊教授によると、日本の産業界は、アメリカの3周遅れになってしまったということである。

そのためであろうか。

1989年には、時価総額ランキングで、世界のトップ50社の中に日本企業が32社入っていたのだが、現在残っているのはトヨタ自動車1社だけである。

また、当時は、世界における日本のGDPのウエイトは15.3%であったが、現在は6%にまで落ち込んでいる。さらに、技能オリンピックで、1999年から2015年まで日本は金メダルの獲得数で、だいたい3位以内に入っていたのだが、2017年に9位に沈み、その後メダル数はさらに後退している。

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日本の経済産業はどうすれば復活できるのか。2020年のはじめに僕は、日本共産党の志位和夫委員長と立憲民主党の枝野幸男代表に、今こそ野党の政権奪取の絶好のチャンスだ、アベノミクス批判をしている時代は終わりで、どうすれば日本の経済が復活できるのか、そのビジョンを示すべきだと言ったら、2人とも大きくうなずいていた。

そこへ深刻な新型コロナウイルスによるパンデミックが起こり、菅内閣は不手際を連発した。

その後、菅首相は総裁選不出馬を表明し、そして9月29日、第27代目となる自民党総裁に岸田文雄氏が選出された。

新たな政治のあり方が求められている。今こそ、野党の政権奪取に期待したい。

田原 総一朗 ジャーナリスト

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たはら そういちろう / Soichiro tahara

1934年滋賀県に生まれる。1960年早稲田大学を卒業後、岩波映画製作所に入社。1964年東京12チャンネル(現・テレビ東京)に開局とともに入社。1977年フリーに転身。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。1998年戦後の放送ジャーナリスト一人を選ぶ城戸又一賞を受賞。

著書に『伝説の経営者100人の世界一短い成功哲学』(白秋社)『戦後日本政治の総括』(岩波書店)『創価学会』(毎日新聞出版)『塀の上を走れ 田原総一朗自伝』(講談社)などがある。

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