「昇進したけど不安」という人が自信をつける方法 過去や現在の実績よりも大事なのは未来志向
自己肯定感は流行りの言葉ですが、過去と現在の自分は事実として捉え、肯定でも否定でもなくあるがまま受け入れる。そのうえで、未来に対して絶対の肯定感を持っている状態が、本来のあるべき自信であり、自己肯定感と呼ぶべきものだと考えています。
過去や現在に自信を持っているのは、「ニセモノの自信」です。「自信がありすぎる」といわれる人は、過去や現在に自信を持ちすぎているのです。過去の実績を自慢されても周囲は評価してくれません。
上には上がいますから、過去の実績に謙虚ではない姿に、「もっと上がいるでしょ」と突っ込みたくなります。
現在の自分に自信を持ちすぎる人は、自分の弱みに目を向けず、仕事の抜けが出たり、ただ単に基準を下げて自己満足しているように見えます。過去や現在に自信を持とうとする人は、あるがままの事実を受け入れられていないということでいうと、実は本当の意味で自分を肯定できていないのです。その結果、「自信過剰」とか、「現実に目を向けない」とみられてしまうわけです。
過去や現在への自信には、今の自分の弱みやリスクと向き合おうとしない「逃げ」の気持ちが隠れています。「過去と現在は謙虚に事実を受け止め、未来には絶対の自信を持っている状態」「絶対にやれる、やりきれる!」と信じていながら、現在の弱みやリスクにも向き合い、どうしたら達成できるかを慎重に考える。
そんな人、素晴らしいと思いませんか?
「信じる力」が自信を持たせる
では、どうしたら未来の自分を信じることができるのか。その答えは「信じる」ことです。
実は、心理学的では、「信じる」と「思い込む」はかなり近い概念です。「信じる」に根拠は必要ありません。「根拠なき自信」であるべきです。ここが、多くのリーダーが誤解している点です。
神さまの存在を信じている人がいたとして、その存在を信じられない人が「どうして神さまがいると思うの?」と質問したとしても、根拠を示すことはできません。神さまがいると思うからいるのです。それを無理やり根拠づけて証拠を示そうとすると、かえってうまくいきません。
「自分が病気から救われたのは神さまがいたからだ」とか、「試験に合格できたのは神さまのおかげ」と言ってみたところで、存在を信じられない人からすれば、「あなたの努力が実ったんじゃないの?」「神さまのおかげだとは言えなくない?」と反論できてしまいます。
信じていない人からすれば、神さまがいないと思うからいないのです。
これと同じで、未来の自分に自信を持てるかどうかは、「信じる」かどうかです。根拠なく、無邪気に信じるべきです。思い込みで構わないのです。これは、「信じる力」といっていいでしょう。
過去、どんなに実績が悪かろうが、現在、どれだけ能力がなかろうが、「いつかできる」、「やれる」「やりきれる」、そのためにどうするかを考える。この「信じる力」が正しい自信を持たせます。