東西ドイツとベルリン、「壁」崩壊前の鉄道の実態 当時の時刻表を使って利用状況を読み解いた

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ところで、ベルリンの壁崩壊前に出版された1989年/90年版東ドイツ時刻表には西ドイツー西ベルリン間の列車は一切記載されていない。亡命阻止のために東ドイツ国民には存在を知らせたくなかったのだろう。

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一方、ベルリンの壁崩壊後の1990年/91年版東ドイツ時刻表には堂々とすべての東西ドイツ間直通列車のダイヤが記載されている。また壁崩壊前には存在しなかった東ドイツ―西ベルリン間の週末限定の臨時直通列車のダイヤも掲載されている。東西ドイツ統一が1990年10月であることを考慮すると、貴重なダイヤといえるだろう。

このように複数の時刻表を並べることで、鉄道史のみならず現代史も垣間見えることが時刻表を使ったヨーロッパ紙面旅行の魅力といえる。

東西ドイツ直通列車の実態は?

東西ドイツ直通列車の実態はどのようなものだったのだろうか。西ドイツー西ベルリン間の列車は東ドイツ側の国境駅に着くと、東ドイツ国鉄の乗務員に代わり、国境審査官が乗り込んでくる。

東ベルリンの中心駅であったベルリン東駅(筆者撮影)

西ドイツから西ベルリンへ行く際は東ドイツ領内は国境駅を除きノンストップであった。西ベルリンでは東ドイツ国鉄に所属する西ベルリン市民の乗務員が担当し、そのまま終着駅へ向かった。ややこしいが、西ベルリンの長距離鉄道は東ドイツ国鉄が運営していたのだ。使用されていた客車はクリーム色と紺色に身をまとい、西ドイツ国鉄に所属していた。

西ドイツ―東ドイツ間の列車を使って東ドイツへ入国する際は少なくとも入国当日有効のビザが必要であった。1989年版『地球の歩き方』によると、ビザは東欧諸国にある大使館で取得することができ、入国するとすぐに滞在日数分の延長申請をするのがコツだった。また東ドイツでは強制両替制度が存在し、旅行者を悩ませていた。

時刻表を見ると西ドイツ側の国境駅の停車時間が約10分に対し、東ドイツ側の国境駅の停車時間は約40分も停車していた。この間にパスポートチェックがあったのだろう。

なお西ドイツ―東ドイツ間の列車は東ドイツ領内の駅にも停車していた。客車は白色と緑色がトレードマークの東ドイツ国鉄に所属。西ドイツにも乗り入れたことから、西ドイツ領内のみの利用であっても物珍しさから東ドイツ国鉄の客車に乗車する日本人旅行者もいたようだ。

最後に東ドイツの国境審査官に言及しておきたい。彼らは国境審査官の制服をまとっていたが、実は東ドイツの秘密警察シュタージに所属していたという。東西冷戦の最前線ということもあり、乗客を監視していたことは想像にかたくない。

時刻表や東ドイツ関連の博物館の資料等を基に東西ドイツの鉄道紙面旅行を解説した。しかし国境審査官の実態など、調べれば調べるほど疑問点が浮かび上がる。再びドイツを訪れ、これらの疑問点が解決できる日を楽しみにしたい。

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