合理化の鬼・半導体産業が直面した不条理世界 グローバル経営は経済安保をどう考えるのか

拡大
縮小

半導体の国際分業は二つの側面を持っている。一つは設計から製造に至る工程で分業が進んでいるということ、もう一つは生産された半導体が国境を越えて多くの国の製品に利用されているということだ。

こうした分業の流れは、経済学者のアダム・スミスやデイヴィッド・リカードによって提起され、その後国際貿易の理論として発展してきた「比較優位の理論」によって説明することができる。

すべての国は何らかの分野で比較優位を持つ。その観点に基づいて分業が進められていけば、より多くの国が一つの製品の異なった部分に関与するようになってくる。半導体はその象徴的なケースである。

過度な分業は供給網のリスクを拡大

比較優位の伝統的な議論では最終製品における分業を例に取ることが多かった。ただ、この30年ほどのグローバル化の進展で、比較優位の理論は最終製品だけでなく中間財や部品の世界にも浸透している。

事実、日本の輸出入品目では今日、資源や自動車のような最終財に代わって部品や中間財などの比率が増えている。これは一つの製品が完成するまでに多くの国が関わっていること、つまり国境を越えた分業が深化していることを示す。そのレベルにまで分業は進んでいるのだ。

国境を越えた分業が広がったことは、経済がグローバル化する中で、より効率的な資源配分が実現したことを意味する。

そしてすべての国はどこかで比較優位を持つことができる。技術力しだいで世界のトップにもなれるのだ。現にファウンドリーでは台湾が世界最大のシェアを占めている。

ところが現実には、米中対立のような政治的要因や新型コロナの感染拡大、災害などで、一時的とはいえサプライチェーンの分断が起き、その影響が長期に及んでいる。過度に進んだ分業はサプライチェーンの脆弱性の原因となりかねない。

古典的な比較優位の理論は依然として重要ではあるが、それに加えてサプライチェーンのリスクや経済の安全保障を取り込んだ貿易政策の議論が必要となっている。

また、主要国は半導体などの分野で産業政策を強化している。比較優位と国家による介入の折り合いをどうつけるのかということは、産業政策論でずっと取り上げられて来た論点である。

「グローバル化は行きすぎていないだろうか」。そのような疑問を持っている人は多いだろう。過度のグローバル化をどのように軌道修正するかということは、国家にとっても企業にとっても避けられない問題になりそうだ。

伊藤 元重 東京大学名誉教授、学習院大学国際社会科学部教授

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

いとう もとしげ / Motoshige Ito

1951年静岡県生まれ。東京大学経済学部卒。1979年米国ロチェスター大学大学院経済学博士号(Ph.D.)取得。東京大学大学院経済学研究科教授を経て、2016年より現職。専門は国際経済学、ミクロ経済学。安倍政権の経済財政諮問会議議員を務め、現在、復興推進委員会委員長、気候変動対策推進のための有識者会議メンバー。
経済学教科書『入門経済学(第4版)』『ミクロ経済学(第3版)』『マクロ経済学(第2版)』(いずれも日本評論社)は定評がある。

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【浪人で人生変わった】30歳から東大受験・浪人で逆転合格!その壮絶半生から得た学び
【浪人で人生変わった】30歳から東大受験・浪人で逆転合格!その壮絶半生から得た学び
【逆転合格の作法】「日本一生徒の多い社会科講師」が語る、東大受験突破の根底条件
【逆転合格の作法】「日本一生徒の多い社会科講師」が語る、東大受験突破の根底条件
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT