日立、仏タレス「鉄道信号事業」買収の全舞台裏 MaaS展開拡大へ「料金収受システム」にも着目

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交通システム事業の2020年度の売上高償却前営業利益率は5%程度にすぎないが、2020年7月〜2021年6月の12カ月で見れば7%台に跳ね上がるという。さらに日立側は契約締結時点には9%程度まで高まると見ている。16.6億ユーロという事業価値はこうした点も考慮したと見られる。

2016年に日立の東原敏昭社長は、「2020年代の早い時期に鉄道事業の売上高を1兆円規模にする」と意気込んでいた。ただ、現時点でこの目標は達成できていない。日立の鉄道システム事業の2020年度売上高は5477億円。今年の6月には2025年度までに8500億円に引き上げる計画を示していたが、これに約2000億円のタレスの交通システム事業が加われば、1兆円に手が届く。日立は「2026年度までに売上高1兆円を目指す」としている。同時に、利益率も10%超を目指す。

世界の鉄道製造ビジネスは、車両、電機品、システム、保守などを1社が一括して請け負う「フルターンキー」化が進んでいる。シュタッドラーとカフは車両製造の比重が高く、タレスの交通システム事業を傘下に収めることで、フルターンキーとしての脱皮を図りたいという狙いがあった。しかし、日立はイタリアの鉄道信号メーカー、アンサルドSTSを買収済みで、鉄道信号ビジネスでは世界的な存在感を保つ。

鉄道デジタル化で優位に

その意味ではタレスの買収は重複感があるようにも感じられるが、ドーマー副社長は、「われわれは日本、イタリア、イギリス、アメリカにおいて鉄道システム事業を展開しているが、タレス社の鉄道信号事業はドイツ、フランス、カナダに拠点があり、アジアでも香港やシンガポールに強みを持つ。地域的な補完関係が高い」と話す。タレスの海外拠点を活用すれば、これまで日立が手薄だった地域に信号システムのみならず車両や電機品などを丸ごと売り込むことが可能になるわけだ。

ドイツのシーメンス、フランスのアルストム、カナダのボンバルディアという売上高1兆円レベルで競い合う「ビッグスリー」が世界に君臨するという状態がしばらく続いてきたが、今年、アルストムがボンバルディアの鉄道事業を買収し、この構図が崩れた。日立による今回の買収はアルストムのケースと比べれば小粒だが、鉄道のデジタル化が進む昨今において、タレスの交通システム事業を手中に収めることで、デジタル化競争では優位に立つことができる。

あとは、日立のもくろみどおり、買収手続きを成功させて、事業を軌道に乗せることができるかどうかだ。成否を決める鍵の一つは、タレスの側の人材の処遇だが、「アンサルドブレダとアンサルドSTSの買収でも成功したので、今回も成功できる自信はある」とドーマー氏は意気込む。どのように経営の舵取りを行うか。しばらくは目が離せない。

大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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