「中西君と1度だけぶつかった」川村氏が知る素顔 「仕事はやりがい」という生き方を貫いた中西氏

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私がもう1つ受けなかったことがあるとすれば、勲章だろうか。

中西君に今、声をかけるなら

今回出した本のタイトル『一俗六仙』というのは、私の造語だ。1週間7日間のうち、俗世間的仕事は1日程度にとどめ、あとの6日間は仙人のように俗世から離れて、自分の本当のやりたいことだけをやる――晴耕雨読的、林住期的暮らしをしたいという私の願望だ。81歳になり、完全に引退して、ようやく長年の夢が叶おうとしている。

仙とは人生の生きがいと表現することもできる。長く働いてきて、真の生きがいは仕事の中にはないというのが私の結論だ。仕事の中にあるのはやりがい、働きがいであり、多くの場合、人に評価されるかどうかに左右される。一方の生きがいは、たとえば子どもが野原で蝶を追いかけて一日過ごすように、誰もほめてはくれないが、自分が夢中になるようなことだ。私は人生の最後にそういった日々を過ごしたかった。

生きがいというのは日本人に多くみられ、外国人には少ない考え方かもしれない。外国人は人に評価されてはじめて達成感を感じる。時代劇によくある「武道の達人が、剣のさばきを普段は隠して暮らしている」なんて、彼らからしたら考えられない話ではないか。剣がうまかったら人前で存分に披露するだろう。

ただ、生きがいだけを求めて生きるのも苦しい。西行法師(平安末期・鎌倉初期の大歌人)は23歳で恵まれた境遇を捨てて出家し、世の中で何かを求めて生きることをあきらめ、長い漂泊の剛毅な人生を貫いた。その本人が、「人は簡単に『この世をあきらめる』などと言うが、名声を求めずに生き続ける生き方が一番つらい。それでも俗世を捨てることで自分は真の人生を生きうる。俗世を捨てられぬ人こそ真の人生を捨てているのだ」と言っているくらいだから。

中西君は「仕事はやりがい」という生き方を最後まで貫き通した。6月初旬、彼に最後に会ったときも仕事の話ばかりしていた。彼は昔は山に登っていて、大きなリュックをかついで、山道をみっしみっしと歩くのが好きだった。山好きらしく、料理もうまい。アメリカ時代にも時折本格的なビーフシチューを作って皆にふるまっていたようだ。

母校についてのインタビュー時には、茶目っ気たっぷりな表情を見せてくれた中西氏(撮影:大澤誠)

もし私が彼だったら、早く引退して奥さんと一緒に山歩きを楽しむところだったろうが……。

著書でも「散る桜 残る桜も 散る桜」の句を紹介したが、今、本当にそんな心境だ。仲間が死んでいくと、自分ももうじきかな……などと思ったりもする。私たちの年代なら桜より紅葉――「散るもみぢ 残るもみぢも 散るもみぢ」のほうがふさわしいかもしれない。

皆、死にたくはないけれど、死は避けられない。ただ、私は多少達観したところがあって、「物質から生物が突然できたのだから、死によって物質に戻るのは合理的」だとどこかで思っている。大地に還るという表現があるように、1つの命を作っていた物質とエネルギーが、地球上や宇宙の中に散らばる……そう考えれば、死への惧れが多少和らぐとは言えないだろうか。

やりたいことを全部やりきって死ぬ人はほとんどいない。今、中西君に言葉をかけるとしたら「がっかりするな」と言いたい。やりたいことがまだいっぱいあって本当に残念だろうが、残る紅葉も散る紅葉なんだから。遅かれ早かれ私たちもみな散るんだからみなおなじ――とね。

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