フィリピン大統領選へ1年、ドゥテルテ継承の有無 国民の高い支持、日米の安全保障環境にも影響

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アメリカはかつて、独立後のフィリピン政界にも強い影響力を持ち、大統領選にも中央情報局(CIA)などを通じて介入してきた歴史がある。しかし冷戦後は、戦略的価値が減じたと判断してか、そうした工作を積極的に仕掛けた形跡はない。南部ミンダナオ島の市長で、中央政界の経験が少なかったドゥテルテ氏周辺へのアメリカの影響力は限られている。

一方で南シナ海を前線とする中国との対立が深まっている結果、フィリピンの地政学的な重要性はベトナム戦争時以上に増している。ベトナムに比べて中国ははるかに強大なうえ、当時は「反共」で固まり、アメリカ側についていた東南アジアの国々がよくて中立、あるいは中国寄りになっているからだ。

様変わりした米比関係

ドゥテルテ政権下で米比関係は様変わりした。アメリカは、協議離婚した妻とよりを戻そうとする役回りを演じざるをえない状況にある。

そんな中、2022年のフィリピン大統領選の注目点はドゥテルテ路線が継続するかどうかだ。

現行憲法は、大統領の再選を禁じている。ところがドゥテルテ氏は過去にない形で影響力の保持を狙っている。娘のサラ氏が大統領選に、自身は副大統領選に立候補するとの観測が強まり、本人たちも前向きな発言をしている。

フィリピンの正副大統領選はペアで選ばれるわけではなく、父娘はタッグを組まず、違う候補者と組んで出馬するとみられている。憲法に「政治王朝」を禁じる条文があるため、別の政党からそれぞれ選ばれたという形をとるだろう。父娘の人気の高さからすれば、ドゥテルテ家による「マラカニアン宮殿独占」というシナリオは現実味を帯びる。

フィリピンでは過去、エストラダ、アロヨ両元大統領が退陣後、汚職などの罪で摘発され、刑務所暮らしを強いられた。ドゥテルテ政権では前政権の司法長官だった上院議員を麻薬取引に関与したとして逮捕、収監している。政敵が後任となった場合、「超法規的殺人」などでドゥテルテ氏に捜査が及ぶ可能性は否定できない。

国際刑事裁判所(ICC)の検察官が人道に対する罪でドゥテルテ政権の麻薬戦争を捜査するように求めており、野党候補が大統領選に勝てば、これに協力することもありうる。こうした事態を避けるためにドゥテルテ氏は絶対に裏切らない人物を大統領の後任に据えようとするだろう。

他国同様、フィリピン大統領選でも外交や安全保障は大きな争点にならない。それでもドゥテルテ氏の対外路線が継続されるかどうかは、南シナ海情勢やインド太平洋の安全保障環境に大きな影響を与える。

大統領選をめぐる各種世論調査でサラ氏はトップに立っているが、ほかに世界的ボクサーのマニー・パッキャオ氏やレニー・ロブレド副大統領、故マルコス大統領の長男ボンボン・マルコス元上院議員、マニラのイスコ・モレノ市長らの立候補が取りざたされている。10月の立候補届け出までつばぜりあいが繰り返されそうだ。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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