髙村薫「私が急造のデジタル法案に唖然とした訳」 国家による全国民の監視に道を開いた先に何が?

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さらに、地方公共団体情報システムの標準化もあぜんとする改革である。いま現在は、都道府県や市区町村が個人情報の扱いを独自に条例で規制しているが、これを国のシステムに一元化し、個々のデータを匿名加工して民間が利活用しやすくするというのである。また多くの自治体は、思想信条・病歴・犯歴などの「要配慮個人情報」の収集を原則禁止しているが、今回の法案では「不要な取得はしない」とされるに留まっている。

こうして個人の意思を無視して私たちの個人情報がデジタル庁で一元管理され、勝手に利用されることになる本法案は、もはや利便性では説明できない。むしろ国家による全国民の管理と監視に道を開くものであり、正しく活用すれば真の個人主義の基礎となるはずのマイナンバーカードの可能性も歪めることになろう。

まず10年計画でIT人材の育成を

繰り返すが、国がここまで個人データの利活用に熱心なのは、いったい何のためか。中国のようにビッグデータの汎用で革新的社会や競争力が生まれるとでも考えているのだろうか。

残念ながら、この方面で日本はすでに技術的に大きく遅れを取っており、同じ舞台での勝負はできないと見るほうが正しい。いや、それ以前に、現状ではこのデジタル改革は技術面で頓挫する可能性が高いと言わざるを得ない。というのも、先ごろ問題となった接触感染アプリ「COCOA」の運用トラブルは、国がシステム開発を民間に依存している現状と、国のIT人材不足を露呈するものだったが、はて、LINEが中国企業にシステム開発を委託していたのは、日本ではその民間に人材がいない、もしくはコストがかかるという理由ではなかったか。

国には必要な人材がおらず、民間にも人材がいない。こんな日本で壮大なデジタル改革はまず無理だと思うべきである。それとも、COCOAのように民間への再委託が繰り返されるなかで、中国企業がシステム開発の一部を請け負うのも有り、とするのか。

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地に足をつけたデジタル改革を実現するために、私たちはまず10年計画でIT人材の育成から始めるほかはない。社会のありようを根本から変える大改革なのだから、もっと幅広い意見を集約し、国民的議論を積み上げることも必要である。何より、官僚が法案を書き間違えるようなやっつけ仕事であってはならないことを、官邸は胆に銘じるべきである。

これから参議院で本法案の審議は続く。いま一度国民が本気で対峙すれば、廃案もしくは継続審議の道も残されている。

(編集部註:政府が提出したデジタル改革関連法案は2021年5月12日に開かれた参議院本会議で採決され、自民・公明の与党のほか日本維新の会などの賛成多数で可決、成立した)

髙村 薫 作家

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たかむら かおる / Kaoru Takamura

1953(昭和28)年、大阪市生まれ。作家。1990年『黄金を抱いて翔べ』でデビュー。1993年『マークスの山』で直木賞受賞。著書に『晴子情歌』『新リア王』『太陽を曳く馬』『空海』『土の記』等。

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