先生の「発達障害じゃない?」に僕が救われたワケ 「板書と漢字が苦手」は努力不足だと思ってきた

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執筆者・鬼頭信さん(33歳)(写真:不登校新聞)
今回の執筆者、鬼頭信さんは「自分は発達障害のグレーゾーンなのかもしれない」と思ったことがあるという。小学校から今までのご自身の経験を書いていただいた。

発達障害とグレーゾーン

発達障害には「グレーゾーン」という層があるらしい。発達障害はグラデーション状の障害で、「ここからが障害」と線引きがむずかしく、その境界線上の人をグレーゾーンと言うみたいだ。ところで僕はこれまで「3つの学校」へ行っている。その経験をふり返ったとき、自分もグレーゾーンかもしれないこと、そして、そんな自分との付き合い方も見えたような気がした。

当記事は不登校新聞の提供記事です

1つ目の学校は小学校や中学校などいわゆる義務教育の学校。初めに自分に違和感を覚えたのは小学校の帰りの会だった。先生が明日の予定と持ち物を黒板に書くのだが、僕は時間内にノートに書き写すことができなかった。たいして長い文章でもないのに、先生が黒板を消すのに間に合わず、書ききれないのだ。

思えば、僕は授業中もノートを取るのがまわりの子よりも遅かった。たくさん文字を書く先生の授業は何度も黒板を確認しないと漢字が書けないのでたいへんだった。授業中は写すことに必死で整理ができず、僕のノートはいつもぐちゃぐちゃ。あとで見返しても復習ができないノートしか書けないので、しだいに勉強についていけなくなり、小学3年生のころのテストの点数は10点以下にまで落ちてしまった。

2つ目に行った学校は、約10年間の不登校とひきこもりを経験したあと、23歳で通った自動車学校。座学では小学校と同じように、ホワイトボードを使いながら授業が進められた。自動車学校の先生たちは、板書が追いつかないと待ってくれる優しい人ばかりだった。しかし、その環境でも僕はノートを写しきれず、先生に急かされるようになった。苦肉の策で漢字を書くことをあきらめたら、なんとか写せるようにはなった。しかし、小中学校のときよりも圧倒的に文字の量が少なく、書いてある内容もかんたんなのに「こんなこともできないのか」と僕は自分が恥ずかしくなった。

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