67歳の派遣添乗員は「見た」旅行業界の魑魅魍魎 「前回と同じ!」ミステリーツアーのミステリー

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「あなたって、媚びないのね」。あるツアーで女性の参加者に、そう言われたことがある。どの旅行会社でもツアーの最後に必ず、参加者に満足度がいかほどであったかというアンケートを実施する。もちろん添乗員も、評価の対象である。

そのため点数を上げようと思って、参加者におもねる添乗員がいる。私とて笑顔を絶やさないようにして、参加者と接するようにしている。だがそれも、程度問題である。あまりに度を越すと、イヤらしい。しかし実際には、過剰なまでの媚をふりまく添乗員が、けっこう多い。

「ずいぶんリラックスして、仕事をしているのね」。これまた女性の参加者から、掛けられた言葉である。称賛とも非難とも取ることのできる、ビミョーな言葉だ。その参加者はおだやかな口調で、私に語りかけた。少なくとも悪い感情は、いだいていないようである。

私のように肩の力を抜いて添乗業務をしている者もいれば、ピリピリしながら仕事をしている者もいる。添乗員が10人いれば十人十色、それぞれ独自のスタイルで、仕事をしている。それをどのように評価するのかは、参加者次第なのである。

参加者の心という鏡は摩訶不思議

私はツアー中、和気あいあいとした雰囲気を作るべく、参加者になるべく笑ってもらうよう心掛けている。 笑いを取ろうと、ジョークを言ったとしよう。参加者の中にひとりでも笑いの感度が高く、敏感に反応するタイプの人がいてくれると助かる。

ひとりの笑いでバス車内の和やかなムードが、ずいぶんと違ってくる。それが2、3人ともなると、もうシメたものである。笑いの渦は2乗にも3乗にもなり、打ち解けた空気が加速される。ことほどさように添乗員と参加者の相性がフィットすると、愉快な旅路となる。時には爆笑につぐ爆笑というツアーに、なることもある。

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私の経験上最も安定して笑いを取ることができるのは、アンケート用紙を配る際のひと言である。そのときに私は、「添乗員の評価もございますので、ぜひとも温かい目でよろしくお願いします」と、ひと言そえるようにしている。

この下心見え見えのフレーズは、いつもバカ受けする。 そういう具合に自分なりにあれやこれや工夫して、参加者に少しでも喜んでもらえるよう、そして自分の評価が上がるよう、努力をしている。

それではギャグが大受けして、大爆笑になるようなツアーのアンケートがいいかというと、必ずしもそうなるとは限らない。笑いをたくさん取ることができ、参加者のほとんどがニコニコしていて、愉快そうにしている。今日のアンケートはいいなと思っていると、あにはからんや意外な結果となることがあったりする。

その反対に何を言っても、参加者の反応はいまひとつ。通夜のように、ずうっとシーンとしているということも間々ある。おまけにつまらなそうな顔、不機嫌そうな顔をしている人もいたりする。そういうときには、戦々恐々としてアンケートを見ることになる。そしてこれまた思いのほかの評価のこともあったりするのだ。

ニコニコ顔も不機嫌な顔も、もちろん参加者の胸の内を映している。けれどもその奥底にひそんでいるのは、不可解な紋様である。参加者の心という鏡は摩訶不思議で、謎にみちている。

梅村 達 派遣添乗員

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うめむら たつ / Tatsu Umemura

1953年東京都生まれ。といっても東京にいたのは10歳まで。以降は埼玉、再び東京、千葉と移り住む関東流れ者。現在は北関東の群馬県前橋市在住。住居と同じく仕事のほうも転々として、映画制作スタッフ、塾講師、ライター業を経て、派遣添乗員に。添乗員として大手のほとんどの旅行会社で仕事をする。

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