韓国「徴用工裁判」、司法判断はなぜ分かれたか 下級審に「国際派」判事、見えぬ混迷の打開策

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廬武鉉政権時代の2005年、韓国政府は日韓間の交渉過程を検証し、徴用工については協定で政治的に解決されていると判断している。韓国政府は日韓基本条約や請求権協定を認め、徴用工の請求権問題は日本からの無償資金協力によって決着済みとしたのである。それを覆して損害賠償を認めることは、禁反言の原則に反するという論理である。

さらに、元徴用工の請求が確定し、強制執行に至れば「国家の安全保障と秩序維持という憲法上の大原則を侵害するものであり、権利乱用に該当し、許容されない」とまで言い切っている。これは大法院判決の確定と日本企業の資産の現金化手続きに対する批判でもある。

わずか2年半前に裁判システムの頂点である大法院が出した判決を、下級審のソウル中央地裁の判事が国際法の立場から徹底的に否定するというのは、法秩序の観点からみれば異常なことである。しかし、それだけ韓国司法の世界が割れているということなのであろう。

「天動説」と「地動説」の違い

ある韓国メディアはこうした2つの判決の流れについて、「韓国を中心に国際社会を眺める『天動説』の視点の判決と、国際社会を中心に韓国を見た『地動説』の観点の違い」という専門家のコメントを紹介している。

国際派の共通点は、外交上合意した条約や協定などの尊重、ウィーン条約など国際法の重視だ。そして、韓国独自の論理など自分勝手な理屈を国際関係まで当てはめようとはしない。また、国際派の主張には、「親日と反日」「保守と進歩」といった政治的背景があるようには見えない冷静な論理展開となっている。

国際派の論理は日本にとって心地よいものだ。しかし、いずれも地裁段階の判決でしかない。上級審に行けば行くほど国内派の力が強く、判決が覆される可能性が高いだろう。一方で大法院判決を受けた日本企業の資産の現金化手続きは進んでおり、いつ実施されてもおかしくない。そうなると日韓関係は動きがとれないほど悪化するだろう。

つまり、国際派による判決が続いているからといって、事態が打開されるわけでもないのだ。ところが日韓両国とも積極的に動く気はない。韓国は2022年に大統領選を、日本も年内に総選挙を控えており、文大統領も菅首相も、ともに政治的に妥協や譲歩が難しい状況に置かれている。

国際派判事の大胆な判決とは逆に、日韓両国とも相変わらず国内政治事情が関係改善を阻害しているのである。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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