なぜ世界中で「渋沢栄一」が研究されているのか 渋沢の資本主義思想「合本主義」の今日的意義

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最近では欧米の経済学者も、市場メカニズムの道徳的な基盤に注目するようになってきました。そこで、渋沢の主張した道徳と経済の一致に基づく「合本主義」にも耳を傾けるようになりました。

合本主義とは、公益を追求するという目的を達成するために最も適した人材と資本を集め、事業を進めるという考え方です。合本主義によって経済活動を行えば、暴走する資本主義の歯止めとなるのではないかと期待されているのです。

中国と韓国でも議論が始まる

2013年11月、パリのOECD本部で開催されたシンポジウム「Pioneering Ethical Capitalism」には、日本をはじめ、イギリス、ポーランド、ハンガリー、ポルトガルのOECD代表部大使や各国の職員、フランス人経済経営研究者、著名なビジネスパーソンなど80名近くの参加者が長時間にわたり討論を行いました。

同じようなシンポジウムは、ハーバード・ビジネス・スクール、トロント大学マンク国際問題研究所、世界経営史学会で開催され、大勢の研究者やビジネスパーソンが聴講しました。

これとは別の流れですが、急成長を遂げる中国をはじめ東アジア儒教圏でも、道徳ある資本主義の推進者・渋沢栄一への関心が高まっています。世界経済を動かすようになった中国では、「国家資本主義」体制の下、高度成長に伴う貧富の格差、官民癒着、大気汚染など社会に大きなひずみが生じています。

中国の政治家や企業家、研究者も、経済道徳の必要性を認識し始めました。なかでも伝統的な儒教思想に回帰する企業家や研究者は、儒教の道徳に基づいて、19世紀後半から20世紀にかけて新興国日本の経済発展を導いた模範的な事例を渋沢に見いだしました。

近年、渋沢の最も有名な著書である『論語と算盤』の中国語版や解説書、啓蒙書が7つの出版社から次々に刊行され、中国では多くの人が渋沢の思想や行動を学んでいます。

研究書としては、2004年に北京社会科学研究所の周見研究員が、「中国の渋沢栄一」と呼ばれ、中国の工業化に尽くした張謇(ちょうけん 1853~1926)と渋沢の比較研究を行い、研究書が刊行されています(邦訳版は『張謇と渋沢栄一』日本経済評論社)。

2014年には、北京大学高等人文研究院で「儒商論域」(Discourse on Confucian Entrepreneurs 2014)が開催されました。儒商とは、儒教の教えから経済倫理を導き、それに則って行動する企業家のことです。儒教的企業家ともいわれています。

この儒商の企業活動を研究する学者が中国各地から集まって、経済と道徳のあり方が議論されました。渋沢栄一の合本主義は、東アジア近代における数少ない儒商の成功例として紹介され、100名以上の中国の企業家が熱心に聴講しました。

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