慶應ビジネススクール初の女性教員、誕生秘話

外資系広告代理店を経て学問の道へ

やまもと・ひかる●1996年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。外資系広告代理店勤務を経て、2001年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。2004年同大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学大学院経済学研究科助手、成蹊大学経済学部専任講師および准教授を経て、2014年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授。

塩野:東大の経済学というと、いわゆるマーケティングというより、数理的な勉強をすることになりませんか? 私の友人にも、東大の経済で博士課程に行ったら思ったより数理的でびっくりしたという人間がけっこういますよ。

山本:そのとおりです。しかも私はマーケティングの中でも、マーケティングサイエンスという分野だったので、想像以上に数字を使う。「しまった」と思いました(笑)。マーケティングの勉強に行ったはずなのに統計学ばかり勉強して、でもその統計学がわからないから、結局、高校数学まで戻ってやり直し。

塩野:今となってはマーケティングと統計学はかなり仲の良い学問ですけど。

山本:そうですね。今はやりのビッグデータやデータサイエンスなどが必要とするスキルに近いことを勉強できた気がします。でもマーケティング戦略や広告戦略を立てるとか、そういうこととはかなり遠い世界でしたね。純粋にデータ分析です。

塩野:師事されたのは片平秀貴先生ですか。

山本:そうです。ブランド論で有名な方なので、片平先生に教わりたいと思ったのですが、それは一般向けのお顔でして、本当はマーケティングサイエンスの先生だったんですよ。まだ私が広告代理店にいた頃、「東大の大学院を受けたいと思ってるんです」とご相談に行ったら、「あなたの思うようなマーケティングじゃないから、来ないほうがいいよ」と言われたのをよく覚えています。本当にそのとおりでした。

塩野:なるほど。「ゴールデン枠であのタレントを使ってドーンと数字稼ごうぜ」みたいな広告代理店の話ではなかった。

山本:そういうマーケティングとは全然違う世界でしたね。それは修士課程の2年間、博士課程の3年間を通じてずっとそうでした。

でも勉強を始めたら好きになってしまって、もっと研究したくて博士課程に進むことにしました。本当は修士課程を終えたら会社に帰るという約束で、休職扱いで入学したのですが。

若者に教える楽しさを知る

塩野:マーケティングサイエンスの何が面白かったですか。

山本:なんだか小学生みたいな答えで申し訳ないですけど、分析によってわからなかったことがわかるのが面白い。それに尽きます。

塩野:社会人を2年経験した後、アカデミアに戻るとき、将来の不安はなかったのですか。

山本:ありましたよ。卒業した後、食べていけるのかなって思っていました。博士号を持っているのに職がないというポスドク(ポストドクター)問題が社会問題化していることも知っていたので。

塩野:特に今は文系ポスドクの就職問題は深刻みたいですからね。

山本:だから時々、求人欄を見てました(笑)。修士課程が終わりに近づいて、博士課程に進めるかどうかわからなかったときは、ヘッドハンターとも会いましたよ。「ダメだったらこっちにしよう」みたいな。

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