日本人は自動運転規制の塩梅の重要性を知らない 19世紀の「赤旗法」ごとく競争力を削がないために

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一方でそのさらに先にあるロボタクシーの時代になると、究極的にはドライバーは自動車事故の責任者ではなくなります。その時代でもおそらく飛び込み自殺のような事故は避けられないでしょうし、旧世代の車に乗ったドライバーが逆走して緊急回避してもぶつけられてしまう事故も起きるでしょう。しかし人身事故を起こした場合、自動運転車のドライバーが交通刑務所に入れられるべきではありません。鉄道の運転士が人身事故に遭うたびに処分されることがないのと理屈は同じです。

事故を避ける義務は将来的には自動車に移る。その時代、ドライバーは自動車保険をかける必要が論理的にはなくなります。事故の賠償は責任論としては自動車メーカーが負うことになるのですが、そうなると規模の効果が効いてくるので、自動車メーカーが損害保険会社に契約するよりも、自社が事故対応部門を持ったほうが経済的に低コストになります。

そして運輸業界の理想としては、技術的に無人で安全が確保されるのであれば、ドライバーの人件費も不要です。20世紀前半に馬車の時代が終わって世の中から大量の馬が消えたのと同じで、21世紀中盤には大量のドライバーが失業の危機を迎えるわけです。

ではプロの職業運転手や損害保険業界はどうやって自分たちの生活を守ればいいのか? 

手立てはあると私は思います。たとえ技術的にはレベル5の自動運転車の時代が来ても、道路交通法で自動車にはドライバーが乗らなければいけないことを義務付け、かつ、いくら事故が減少したとしても、いざ甚大な交通事故が起きた場合の責任はドライバーないしは車の所有者にあると法律で決めればよいと思います。そうすれば運転手が失業することもないですし、自動車保険会社が破たんに追い込まれることもない。

ここで最大多数の最大幸福ではない、一部の利害関係者が未来を歪める行動に出る未来が予測されます。そして実はこの問題は、新型コロナ禍で医療崩壊を防ぐのか、飲食業界や小売業界を守るのかの議論と構造が似てきます。建前では医療の現場を守るのが趣旨でもそこにオリンピックが加わると政治の論点にすり替わります。それと同じです。

自動車産業が競争力を失うのは日本のリスク

日本という国にとって最大のリスクは、そのことで日本の自動車産業が競争力を失い、国の経済が縮小していくことです。たとえばアメリカとドイツと中国がロボタクシーを認める時代にあっても、日本の道路交通法が頑としてそれを認めないとしたら? そしてその法律は関係省庁からの天下りをいちばん受け入れている特定業界の意向に沿っていたとしたら?

日本の自動車業界は日本経済の屋台骨といっていい重要業界です。そこに赤旗法のイギリスで起きたことと同じようなことが起きないようにすることが2030年代の日本経済にとって、実はとても重要なのだとわたしは考えています。そのために「21世紀の赤旗法は誰が制定するのか?」というのは2021年の日本車メーカーにとっても最大論点だとわたしは考えるのですが、読者の皆さんはどうお考えでしょうか?

鈴木 貴博 経済評論家、百年コンサルティング代表

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すずき たかひろ / Takahiro Suzuki

東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)を経て2003年に独立。人材企業やIT企業の戦略コンサルティングの傍ら、経済評論家として活躍。人工知能が経済に与える影響についての論客としても知られる。著書に日本経済予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』(PHP)、『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』(講談社)、『戦略思考トレーニングシリーズ』(日経文庫)などがある。BS朝日『モノシリスト』準レギュラーなどテレビ出演も多い。オスカープロモーション所属。

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