松本人志「お笑い界の伝統」をあえて批判した訳 守るべきは権威ではなく「面白い」かどうかだけ

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ビートたけしは松本人志との対談の中で、自分たちの世代の漫才とダウンタウンの漫才の違いについて、以下のように語っていた。

(編注:自分たちの漫才は)あの当時としては新しいことをやってたんだけど、かなり荒いんだよね。その時代のあとに出てきたダウンタウンはもっときめ細かい。
おいらの二、四、六、八というネタの切り取り方が、一、二、三、四でとってきたという感じ。乗った時は、〇・一とか〇・二の刻みでとり出したという感じがある。スピード的には二、四、六と飛んでいくから、B&Bとかおいらの漫才のほうが早いんだけど、ダウンタウンは〇・一をじっくりもたせちゃうというところがある。
(北野武編『コマネチ!ビートたけし全記録』新潮文庫)

ここでたけしは、自分たちよりもダウンタウンの漫才の方が「きめ細かい」と述べている。たけしが数字の例を出して伝えたかったのは、単純なしゃべりの速さの違いと、笑いの質の違いの両方だろう。より重要なのは後者だ。

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ダウンタウンの漫才は、一般的な漫才に比べてスローテンポであると言われてきた。それでも、その漫才が高く評価されたのは、内容が抜群に面白かったからだ。

漫才ブームの頃のツービートやB&Bは、すさまじい速さで言葉を繰り出し、勢い任せに笑いをもぎ取るようなところがあった。一方、ダウンタウンはゆったりした間合いで、1つ1つの言葉で確実に笑いを取る。勢いに頼らず、言葉をきちんと聞かせて笑いを生み出していく。そのためにはより繊細な言葉選びが必要になる。

松本人志が「お笑い界のレベル」を引き上げた

お笑いの世界に「動きの笑い」と「言葉の笑い」の2つがあるとすれば、松本は間違いなく言葉の笑いのスペシャリストである。松本の登場によって「言葉の笑い」こそが高度な笑いであると考えられるようになり、お笑い界全体のレベルが上がった。

現代のバラエティ番組の最前線にいるような芸人たちは、ほぼ例外なくアドリブ能力が高く、1つ1つのやり取りの中で即興で話にオチをつけて笑いを生み出すことができる者ばかりである。逆に言うと、その能力がなければ生き残れない時代になったということだ。

今では、言葉のセンスを競う「大喜利」が、芸人の能力を測る1つの重要な指標だと思われている。短距離走で例えるなら、ダウンタウンの登場によって、お笑いは1秒の差を競い合うものから0.01秒の差を競い合うものになった。言葉の笑いの進化が促進され、お笑い界の全体的なレベルが底上げされたのである。

ラリー遠田 作家・ライター、お笑い評論家

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らりーとおだ / Larry Tooda

主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など著書多数。

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