テキサス新幹線「日本基準丸飲み」決着の全内幕 日本より厳しい「衝突耐性」どう克服した?
一方の新幹線は専用線を走る、ATC(自動列車制御装置)を使って運行する、厳格な軌道管理を行っているといったことから、衝突事故や脱線事故は起きないという前提で車両を設計している。衝突や脱線に対する考え方が根本から異なるのだ。また、新幹線車両は省エネ、環境性能、線路のメンテナンスなどの観点から車両を軽量化している。その結果、アメリカの安全基準が求める車両の軸重と新幹線の軸重は、条件によっては3倍もの差が生じることもある。
「アメリカの安全基準に合わせるとN700車両の設計が完全に否定され、新たに車両を設計する必要がある」と、JR東海海外高速鉄道プロジェクトC&C事業室の南智之担当部長が説明する。しかし、衝突耐性を考慮して車両を設計し直すと、重量が大幅に増加し、台車、ブレーキ、主回路などさまざまな設計の変更に迫られる。これでは、新幹線が培ってきたノウハウがまったく役に立たなくなる。
新幹線の安全基準を認めてもらえないか。2010年5月、日米間で高速鉄道安全基準の議論を行う合同検討会が立ち上げられた。当時のJR東海はフロリダ州で高速鉄道を整備する構想を掲げていたが、州政府の財政難から構想は白紙に。テキサス州に照準を定めることになる。
会議は4回行われたが、「安全を確保すれば衝突耐性は不要という日本側の考え方はアメリカに受け入れられなかった」と南氏が振り返る。専用線を走るといっても、将来在来線に乗り入れる可能性があるなら在来線並みの衝突耐性が必要であると連邦鉄道局は主張した。鉄道運転士の組合が「衝突耐性がなければ運転しない」と反発したこともあったという。
テキサス限定で日本基準を
日米間の議論は不発に終わり、議論の場は連邦鉄道局が設置するタスクフォースに移った。そもそも、オバマ政権が高速鉄道ネットワーク計画を策定した当時、アメリカには時速240km以上で走行する鉄道車両を対象とした安全基準は存在しなかった。高速鉄道を前提とした安全基準の策定がこのタスクフォースの目的だった。
ただ、このタスクフォースには日本の鉄道メーカーのほか、アルストム、シーメンスなど世界各国の車両メーカーが参加していた。専用線を走ることで衝突・脱線リスクが少なく、衝突耐性も小さくてすむという新幹線は世界の高速鉄道では異質のシステムである。新幹線だけに都合のよい提案がタスクフォースで承認されることはありえない。もっとも、他国の鉄道メーカーもそれは同様で、欧州メーカーは衝突耐性について欧州規格の採用を主張したが、連邦鉄道局はまったく取り合わなかった。
2012年7月頃、日本側は全米に適用される高速鉄道の安全基準と新幹線の安全基準をすり合わせることは断念し、テキサスプロジェクトに限定した安全基準(RPA=Rule of Particular Applicability)の制定を目指すという戦略に切り替えた。日本国内では新幹線の安全性は折り紙付きだ。日本で行っていることをそのままテキサスに持ち込み、安全性に問題ないことを認めさせるというものだ。
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