THE昭和「どぶ板選挙」がいまだ健在な深いワケ 「何年も変わらないこと」の裏に潜む合理性

拡大
縮小

何となく苦手だと思っていた人でも、一度会って食事をすれば打ち解ける、ということがよくあります。感情は五感とリンクしていますので、感情を動かすには文章よりも画像、画像よりも映像が有利です。さらには音や匂い、手触りなどを総動員できるリアルな場でのふれあいは、「心を動かす」のにとても有効な手段です。

街角に立って笑顔を振りまき、コロナ下では難しいですが握手などをして触れ合ったりすることで、五感を刺激して心を動かし、好意を上書きすることができます。ホームページやSNSでは、政策への理解を求めるなど左脳に働きかけることは可能ですが、感情を動かすのはなかなか難しいでしょう。それを実現するには、やはり「どぶ板選挙」なのです。

「何十年も変わらないこと=悪」ではない

「覚えてもらう」「好きになってもらう」で最終選考まで残ることができたうえで、商品を最終的に「選んでもらう」には、その商品独自の価値が必要です。一度使ってもらい、その後リピートしてもらうことまでを考えたら、そうした独自の価値はなおのこと重要です。

だからこそ、まずは価値を定義し、その価値をつくり出す、というのが、マーケティングにおける「価値を伝える」の前工程になっているのです。

選挙の候補者で言えば、この独自の価値は政治家としての理念であり、政策であり、それを実現してきた実績にあたるでしょう。

そうした理念や政策をもつ候補者の視点に立つと、「どぶ板選挙」は欠くことのできない手段であるはずです。高邁な理念や政策も、それをしっかりと伝えるには、覚えてもらい、好きになってもらうことで、土俵に上がらせてもらう必要があるからです。

何十年も変わらないことは、とかく批判の対象になりやすいですが、このように合理的な理由があることもあり得ます。そうであるならば、「どぶ板選挙」のような慣行をただ「時代遅れ」とののしるのは、もったいないことかもしれません。そこには、新たな学びが隠れているかもしれないからです。

井上 大輔 マーケター、ソフトバンク株式会社 コミュニケーション本部 メディア統括部長

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

いのうえ だいすけ / Daisuke Inoue

ミュージシャンを志すも挫折。小さな広告会社でプランナーの仕事を始める。当初はまったく仕事のできないお荷物社員だったが、マーケティングの英知から学んだ「仕事とは人の役に立つこと」という思想に目覚めて以降、仕事にかぎらずあらゆる場面で「必要とされる」ようになる。

以降ニュージーランド航空、ユニリーバ、アウディジャパンなどでマネージャーを歴任。ヤフー株式会社MS統括本部マーケティング本部長を経て現職。

雑誌・Web媒体への寄稿や講演会・セミナーへの登壇多数。NewsPicksアカデミアプロフェッサー。著書に『デジタルマーケティングの実務ガイド』(宣伝会議)など。

 

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
ビジネスの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT