「デジタル人民元」実用化を急ぐ中国の本気度 新時代の通貨は本当に米ドル覇権を脅かすのか

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狙い④人民元の国際化

4つ目は人民元の国際化で、最も攻めたいところだ。アメリカハーバード大学ケネディスクール初代院長を務めたグレアム・アリソン教授はかつて、「中国などからみれば、アメリカドルが唯一の基軸通貨であることは不公平だ。中国がデジタル通貨(デジタル人民元)を発行し、他国との金融決済や原油取引に使われることになれば競争力のある通貨システムになりうる。アメリカドルよりも信頼できる通貨になる可能性もある」と指摘した。

2019年10月、黄奇帆・元重慶市長は、上海で開催された「バンド金融サミット2019」で講演し、「1970年代から運用されている国際金融ネットワークは、アメリカが覇権を維持するツールとなっており時代遅れだ」と批判したうえで、「デジタル人民元は、既存の通貨のデジタル化ではなく、ブロックチェーン技術に基づいた新しいマネーであり、発行されれば国際的に流通する」との予想を述べた。

とりわけ中国が進めている経済圏構想「一帯一路」の沿線国・地域においてデジタル人民元の発行によって人民元建ての国際決済が拡大すると期待されているが、その道のりは決して平坦ではない。

デジタル人民元は本当に普及するのか

そもそも、中国国内では「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」などの決済サービスが広く普及している。

「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」を利用するためには銀行口座とひも付ける必要があり、両者は通貨ではないが、ユーザーは通貨と同じ感覚で利用し不都合もない。

そのため、消費生活の場面では、「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」がデジタル人民元と競合する可能性が高く、デジタル人民元がすでに膨大なユーザーを抱える「アリペイ」と「ウィーチャットペイ」に勝ち抜くのは容易ではない。

一方で、「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」がデジタル人民元の流通に関与し、デジタル人民元の普及の一助となる可能性は高いと思われる。

例えば、ユーザーが銀行口座の中に作っている「アリペイ」支払い用に特化した口座(アリペイ口座)の残額を人民元建てからデジタル人民元建てに変更すれば、「アリペイ」での決済はデジタル人民元で行われるようになるからだ。

中国がデジタル人民元の発行に本腰を入れているが、国内でも国外でもデジタル人民元の普及は容易ではない。なお今後も、先進国の中でも先行して進むデジタル人民元の実用化に向けた取り組みに注視が必要である。

趙 瑋琳 伊藤忠総研 産業調査センター 主任研究員

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チョウ イーリン / Weilin Zhao

中国遼寧省出身。2002年に来日。2008年東京工業大学大学院社会理工学研究科修了、イノベーションの制度論、技術経済学にて博士号取得。早稲田大学商学学術院総合研究所、富士通総研を経て2019年9月より現職。情報通信、デジタルイノベーションと社会・経済への影響、プラットフォーマーとテックベンチャー企業などに関する研究を行っている。論文・執筆・講演多数。著書に『BATHの企業戦略分析―バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイの全容』(日経BP社)。

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