「ケインズの評価」が時代により180度変わる訳 「悪の首領」か「正義のヒーロー」か、それとも?
「ケインズ経済学が流行らなくなりました」というだけならわかる。「ある状況に適用できない」というのもわかる。でも、それがまったくダメですとは? 死んだとは?
早い話が、物理学で相対性理論や量子力学が生まれても、「ニュートンは死んだ」とか (まあ生物学的には死んでましたが) ニュートン力学が否定されたりなんて話は出てこなかった (ときどき、否定されたと思っている人に出くわすけれど、そんなことありませんからね!)。
なぜケインズの評価は、時代によって180度変わってしまったんだろうか。ケインズをヒーロー扱いする最近の本だと、それは何やら悪の秘密結社が政治も学会もすべて金に飽かせて子飼いにしてしまったせいだという話になりがちなんだが、さすがにそれは、陰謀論としてもあまりにできが悪い。
一方で、ケインズを相変わらず悪者扱いする本だと、今でも「ケインズ経済学」は、再び人々の自由を奪いたい巨大政府と中央銀行の悪魔の理論だ。なぜこの正反対の評価がずっと続いたりできるんだろうか?
ときどきそれは、ケインズの文がわかりにくくて、何を言っているのかわからないせいだと言われるけれど、本当ですか? その一方で、ケインズは名文家で実に説得力が高く、その弁舌で人を説得し云々うんぬん、という話も聞く。が、それだけで戦後の数十年を席巻できたとは信じられない。そしてこれまた、なんだか正反対の評価だけれど、どうして?
そしてもっと簡単なレベルでも、ケインズ経済学というと穴掘ってお金を埋めて掘り出させる無駄な公共事業と大きな政府だ。でも一方で、ケインズは無駄な公共工事をしろなんて言ってないという声も一部にある。どっちなの? なぜこんな反対の見方があるの?
多くの人が、ケインズ経済学/一般理論について調べて混乱し、投げ出すのは、こういういろいろ正反対の主張があらゆるところでついてまわるからだ、とぼくは思っている。
超訳『一般理論』のめざすもの
今回、ケインズ『一般理論』超訳を引き受けたときにやりたかったのは、初心者向けにここらへんの混乱を、多少なりとも整理することだ。そして基本的に、素人がざっと、ケインズの理屈とそれをめぐるいろんな人の言い分の背景を理解できるようにする——それがこの本の基本的な狙いだ。やりたいことは次の通り:
・その原文のわかりにくい書きぶりを味わってもらう
・ その理屈の前提と理論のアンカーとなる部分に少し微妙なところがあって、それがこの理論の評価の急変と関係していることをわかってもらう
・有名なキャッチフレーズの文脈を見てもらう
・ついでにいろいろネタになるケインズの楽しいゴシップ
まず本書は、「超訳」と銘打ってはいるのだけれど、実は通常の「デタラメな書き換え」という意味での超訳にはなっていない。かなりケインズの元の文を残している。
というのも……ケインズをわかりやすくする、というのも狙いだけれど、一方でケインズがなぜわかりにくいかも理解してもらいたいからだ。彼のいささかスノッブで嫌みで反語まみれな書きぶりを見てもらいたい。
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