「ケインズの評価」が時代により180度変わる訳 「悪の首領」か「正義のヒーロー」か、それとも?

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だいたいそれは、最近テレビで再放送されている、初代「仮面ライダー」のようなお話になっている(ちなみに最近の新しい「仮面ライダー」は、どれも話がわけわからなすぎる)。

悪の秘密結社「新自由主義」と、それを操る首領の金融資本家「ウォール街」が、妖怪「レーガン」と魔女「サッチャー」を手先として、それまで世界を守ってきたすばらしい公的な保護や規制の仕組みを次々に解体。
私利私欲を追及して弱者を好き勝手に蹂躙して、そのあげくに2007ー2008年世界金融危機が起こり世界経済は崩壊寸前。
そこへ、人によっては正義の味方たる仮面ライダーこと「ケインズ」の政策がやってきて、世界を崖っぷちから救う。
ついでに、悪の秘密結社がこれまでやってきた悪行も、実はライダー「ケインズ」がずっと警告してきたことなのに、人々は愚かにもその警告に耳を貸さなかった――だがいまこそケインズの正しさが明らかとなりました!
彼こそは経済すべてを俯瞰し、空理空論に流されない現実の弱さを見抜く力を持ち、経国済民の術たる経済学の本質を理解し弱者のために腐心しうんぬんかんぬん。
だからみんなこれからは再びケインズの教えを学んで正しい経済のあり方を実現しましょう!

もう少し学問的な話まで書かれた本だと、ここに悪の秘密結社の先鞭をつけた死神博士たる「ミルトン・フリードマン」や地獄大使「ロバート・ルーカス」、各種のファイナンス理論の魔神たちの暗躍なども描かれる。

もちろんこれはいささか戯画化している。実際に書かれているのは、もっと真面目でしっかりした話だし、それが決してまちがっているわけではない。でも、話の基本的な図式はまさにこういうものだ。そしてぼくは、ヒーロー話は決して嫌いではないのだが……。

悪の首領ケインズ?!

ぼくは年寄りなので、電電公社がNTTになった頃のことをまだ覚えている。その頃は、話がまったく逆だった。

肥え太った役人が、好き勝手に利権をふくらませ、無駄な公共事業を山ほどやって人々の税金を無駄遣いし、借金を積み上げて人々の税負担をどんどん増やす一方、新しいものはすべて規制でつぶした。

電話機すら1種類しかなく、すべてに停滞感と閉塞感が漂い、それを正当化していたのが悪魔のケインズ経済学というやつだ、というのが当時の話だった。現在の悪の秘密結社こそが、当時は正義のヒーロー側だった。

そして学問的にも、ケインズ経済学は死んだという物言いが横行した。死神博士や地獄大使たちがそう言っていただけではない。

1970年代末頃に書かれた『ケインズ全集』の編集委員の巻頭言は、もはや「ケインズ経済学」のご威光はないが、だからこそその意義を振り返ることが重要だ、みたいな後ろ向きもいいところの代物だし、ケインズの長大な伝記で知られ、いまや彼を救世主扱いするロバート・スキデルスキーは、実は当時、『ケインズ時代の終焉』なんて本をまとめている。今と言ってることちがうじゃん!

ぼくはあまり定見のない人間なので、「ケインズすごい」という本を読むと、おおすごいのか、と思うし、「ケインズなんかダメ」という本を読むと、そうなのかな、と思ってしまう。が、それでも数冊読むうちに、さすがに話が変じゃないかと思うようになる。

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