「デフレだから生産性向上は無理」という勘違い 生産性向上率とインフレ率には負の相関がある

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海外の例では、スイスのように2012年から2016年までデフレが5年間も続いたのに、経済成長率が高く生産性も上がり続けた例があります。1991年以降のスイスでは、インフレ率と生産性向上率の間には緩やかな正の相関が見られますが、決定係数は0.0138とこちらも極めて低く、やはり生産性向上率をインフレ率だけで説明することはできません。

インフレになると生産性が上がるという単純な理屈は、最近否定されることが多くなってきました。2004年に発表されたアメリカの論文、「Good Versus Bad Inflation: Lessons from the Gold Standard Era」(NBER Working Paper No. 10329)は、この件に関して大変に参考になる論文です。デフレは景気後退を意味し、悪と見なすべきだという理屈も単純すぎると示唆しています。

この論文では、供給に比べて需要が減ることで起こるデフレを「悪いデフレ」と評価しています。逆に、19世紀のように生産性が向上し、需要に比べて供給が増加することで起こるデフレを「いいデフレ」としています。理屈の上では、生産性が上がれば上がるほどより多くの生産活動が行われるので、一般論としては生産性の向上はデフレの要因になると言えます。

デフレと生産性の間には複雑な関係がある

日本は前者の悪いデフレに陥っているという仮説に立つならば、需要を増やす必要があるという結論になります。その延長線で、政府が財政支出を積極的に増やすべきという主張が出てくるでしょう。

しかし、政府支出さえ増やせば需要が戻ってデフレではなくなり、生産性が上がるというほど単純なものではないことも、真剣に考える必要があります。

要するに、生産性の向上というのは、インフレやデフレが直接的にもたらすものではなく、他の要因が複雑に絡んでくるので、さらに根本的な要因を探し出さなくては、答えにたどり着けないのです。

次回は生産性向上の観点から「総需要が足りないから、財政出動が必要」という説の是非について検証して、この複雑な関係を考えます。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長

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David Atkinson

元ゴールドマン・サックスアナリスト。裏千家茶名「宗真」拝受。1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。1992年にゴールドマン・サックス入社。日本の不良債権の実態を暴くリポートを発表し注目を浴びる。1998年に同社managing director(取締役)、2006年にpartner(共同出資者)となるが、マネーゲームを達観するに至り、2007年に退社。1999年に裏千家入門、2006年茶名「宗真」を拝受。2009年、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手がける小西美術工藝社入社、取締役就任。2010年代表取締役会長、2011年同会長兼社長に就任し、日本の伝統文化を守りつつ伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。

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