「デフレだから生産性向上は無理」という勘違い 生産性向上率とインフレ率には負の相関がある
さて、本連載では今回から4回にわたって、ちまたで耳にすることが多い以下の説を検証していきたいと思います。
(2)「総需要が不足しているから、財政出動が必要」
(3)「積極的に財政支出を増やせば、生産性は上がる」
今回は、「デフレだから、生産性の向上は無理」という説が正しいのか否か、考えていきましょう。
インフレ率と生産性の向上率には「負の相関」がある
「デフレだから生産性が上がるはずない」と考える人は、「だからインフレを実現すれば、生産性は自動的に上がる」と主張します。今回は、この点を検証します。
結論から言いましょう。実は歴史を紐解くと、インフレ率と生産性の向上率は負の相関関係にあります。インフレ率が高くなればなるほど、生産性の向上率は下がるのです。
この相関関係は全世界で確認されています。また、この傾向は現代だけで観察されるものではなく、約130年間のデータを見ても同様の傾向が確認できます。
この件はさまざまな論文で検証されています。そのうち最も有名なものの1つが「Productivity and inflation: Evidence and interpretations, Board of Governors of the Federal Reserve System, 1994」という論文です。
この論文では、アメリカを例に、インフレ率と生産性向上率の強い負の相関関係を確認したうえで、両者には因果関係があるという仮説を立てています。そして、インフレを抑えることにより、生産性の向上が可能であると結論づけています。FRBのグリーンスパン元議長も、この論文の結論を議会で引用したことがあります。
さらに、オーストラリア連銀が2003年にまとめた「Productivity and Inflation」という論文では、インフレ率と生産性向上率の負の関係を確認しつつも、経済全体のインフレ率より、各産業別のインフレ率のほうが、その産業の生産性向上率との関係が強いと結論づけています。
言い換えれば、国全体がインフレだからといって、各産業が同じように影響を受けるわけではないということです。なお因果関係に関しては、インフレが生産性にマイナスの影響を与えるのであり、その逆ではないと分析しています。
この論文では興味深いことに、建設業に関しては、インフレは生産性向上に貢献するという結論が出ています。その要因として中小企業が多いことを指摘していますが、残念ながらそれ以上の因果関係の分析をしていません。
インフレになればなるほど生産性が低くなることは、長い歴史の中、たくさんの国のデータで確認されている揺るぎない事実です。しかし、その因果関係については、学会では「インフレ率が上がると生産性向上率が低下する」という説がどちらかといえば優勢なものの、コンセンサスはまだ強くないと言える状況です。
これらの研究結果を踏まえると、日本の一部でささやかれている「デフレだから生産性の向上ができない」という説も、「デフレをなくしてインフレにすれば生産性は向上させられる」という説も、否定されます。
現実は「デフレだから生産性向上ができない」というような、単純なものではないのです。
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