知識創造理論が「ビジネス最強の武器」になる訳 四半世紀で「日本企業が失ったもの」は何か

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野中:同志社大学教授の佐藤郁哉さんが、いみじくもこう言っています。「ビジネスの現場に相当、浸透しているPDCAサイクルは、得てして『PdCaサイクル』になりがちで、『P』と『C』は大きいが、『d』と『a』は尻すぼみだ」と。

何を言いたいかというと、肝心の「実行(Do)」と「行動(Action)」がほとんど行われず、「計画(Plan)」と「検証(Check)」ばかりになってしまうというわけです。

その結果、「オーバープランニング(過剰計画)」「オーバーアナリシス(過剰分析)」「オーバーコンプライアンス(過剰規則)」という3つの過剰病にかかって、実行力が衰え、組織が弱体化しているのです。

理屈をこいている暇があったら、まずやってみる。うまくいったら儲けもの、うまくいかなかったら反省して「別の方法」を試す。何が真理かといったら、うまくいったものが真理になるのです。

遠藤:私が思うに、いい経営をしている企業は結局、「SECIモデル」を廻しているのです。しかも、それは世界中の企業に当てはまるはずです。

数値至上経営の「虚妄」

野中:「われ思うゆえにわれあり」と説いたデカルト以来、サイエンスは分析至上主義できました。

遠藤功(えんどう いさお)シナ・コーポレーション代表取締役。早稲田大学商学部卒業、アメリカ・ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機、複数の外資系戦略コンサルティング会社を経て現職。2005~2016年早稲田大学ビジネススクール教授。2020年6月末にローランド・ベルガー日本法人会長を退任。7月より「無所属」の独立コンサルタントとして活動。良品計画やSOMPOホールディングスの社外取締役を務める。主な著作に『現場力を鍛える』『見える化』などがある(撮影:梅谷秀司)

サイエンスは分析と不即不離の関係にあるので、仕方がありません。でも、そのサイエンスだって、最初に「分析ありき」ではないはずです。

人間には身体がありますから、物事を認識する最初のプロセスにはその身体を通した主観的な経験がくる。その主観的な経験の本質を極めていくと客観的な数値やモデルになり、それがサイエンスになる。最初に「経験ありき」で、その後に分析がくる。その順番は揺らがない。

遠藤:それが逆転しているのが、一部コンサルタントや経営学者が、アメリカの受け売りで一時盛んに唱えていた「ROE(株主資本利益率)経営」ですね。

野中:そのとおりです。ROEの値は、何の価値も生まない自社株買いや社員の解雇による経費削減でも高まります

「ROEの値ありき」で走ると、株主しかハッピーになりませんから、「経営の持続性」が損なわれ、結局、「何のためのROEなのか」わからない。

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最近はさすがに流行らなくなってきたので、「ESG(環境・社会・ガバナンス重視)経営」に乗り換える輩もいる。SDGsへの熱狂などを見ると、「バッジを付け替えればいいのか、もうやめてよ」と言いたくなります(笑)。

遠藤:情けない話ですね。

野中:最近、伊藤忠商事が企業理念を「三方よし」に変えました。清水建設は「論語と算盤」を社是にしました。日本企業は古くからSDGsに取り組んできたわけです。

それには頬かむりして、バッジ付け替え組は、さも新しい経営手法のように唱道してしまう。実に嘆かわしいことです。

(構成:荻野進介)

野中 郁次郎 一橋大学名誉教授

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のなか いくじろう / Ikujiro Nonaka

1935年東京都生まれ。58年早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造勤務の後、カリフォルニア大学(バークレー校)経営大学院にてPh.D.取得。南山大学、防衛大学校、一橋大学、北陸先端科学技術大学院大学各教授を歴任。日本学士院会員。知識創造理論を世界に広めたナレッジマネジメントの権威で、海外での講演多数。主な著作に『知識創造企業』(共著、東洋経済新報社)、『失敗の本質』(共著、ダイヤモンド社)などがある

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遠藤 功 シナ・コーポレーション代表取締役

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えんどう いさお / Isao Endo

早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機、複数の外資系戦略コンサルティング会社を経て現職。2005年から2016年まで早稲田大学ビジネススクール教授を務めた。

2020年6月末にローランド・ベルガー日本法人会長を退任。7月より「無所属」の独立コンサルタントとして活動。多くの企業のアドバイザー、経営顧問を務め、次世代リーダー育成の企業研修にも携わっている。良品計画やSOMPOホールディングス等の社外取締役を務める。

『現場力を鍛える』『見える化』『現場論』『生きている会社、死んでいる会社』『戦略コンサルタント 仕事の本質と全技法』(以上、東洋経済新報社)などべストセラー著書多数。

 

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