男性が自分のこと以上にショックだったのが、隣の隔離室から聞こえてきた中年男性の泣き声だったという。
「看護師が部屋の前を通るたびに、この男性は『縛らないでください。縛るのだけはやめてください』と、泣いて頼み込むんですよ。今、身体拘束されている訳ではないのに、すがるように『縛りはやめてください』と。よほどトラウマになっているのでしょう。これはもう、虐待ですよ」(同)
公表されない拘束実態調査
心身へのダメージが極めて大きい精神科病院における身体拘束が、近年なぜ急増しているのか。サベジさんの死が社会問題化した2017年夏、当時の塩崎恭久厚労相は記者会見でこう明言している。
「身体的拘束の件数がなぜ増えているのか、このことはしっかりと分析をしなければならないということで、厚生労働省において実態調査を行っております。この結果を踏まえて、必要な検討を行ってまいりたいと考えています。そういった実態がなぜ、日本だけで増えているのかというご指摘もあるので、しっかりと調べて対処していきたいと思います」(2017年7月21日会見)
ところが、それから3年半経った今も、実態調査の結果は公表されていない。厚労省精神・障害保健課の担当者は、「今年度中(2021年3月末まで)には、報告書を公開する予定」だとするが、前出の長谷川教授は「本来はもっと速やかに調査して結果を公表すべきものであり、誠に遺憾だ。この調査結果を素材として、身体拘束について広く国民的議論を行う必要があるのに、まだその入り口にも立てていない」と批判する。
多くの精神科病院では、患者の安全を守るためには身体拘束が必要という見方が、長年にわたって続けられている。また精神科への救急入院時に、身体拘束と点滴治療のセットで患者を鎮静させることは、「多くの精神科病院でルーチンとされている」(複数の医師)。
そうした有無を言わせぬ身体拘束を受けた患者が、病院や医師、看護師などに不信感を抱くことはむしろ当然だ。入院体験がトラウマになるようでは、信頼関係を築くことはできないはず。だが、むしろトラウマとすることを目的としたとも思えるようなケースすらあるのが、日本の精神医療の現実だ。
(第10回に続く)
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