サプライチェーンに関しては、企業レベルにとどまらず国レベルでもその脆弱性を考える必要がある。マスクや医療用ガウンなど個人防護具(Personal Protective Equipment)の不足は、感染拡大で通常時の50倍の需要が発生したことが主な要因だが、多くの輸出制限措置も取られた。また、中国のオーストラリアへの措置のように、国家として政治的目的で「経済的恫喝」(economic coercion)を使うケースもある。
貿易取引が経済的恫喝に使われる点は、1945年にアルバート・ハーシュマン(Albert O. Hirschman)が『国力と外国貿易の構造』(National Power and the Structure of Foreign Trade)の中で説明している。ハーシュマンは、貿易が「供給効果」(supply effect)とともに「影響力効果」(influence effect)を生み出すと指摘。供給効果は、貿易により経済厚生が増大し国が豊かになる効果だが、影響力効果は、貿易が依存関係を作り、それが政治的目的のために利用される効果だ。これら両効果は相互に排他的なものではない。
この影響力効果の基礎となる「依存」は、貿易を行う2カ国に同時に発生するが、ハーシュマンは、依存が「非対称的」と主張。具体的には、1938年のドイツとブルガリアの貿易の例を引き、ブルガリアにとっては輸出の52%、輸入の59%がドイツであったが、ドイツにとってブルガリアとの貿易は、輸入の1.5%、輸出の1.1%にすぎなかったとし、ドイツが一方的に「影響力効果」を行使し得る関係を描く。
中国の位置づけ
『国力と外国貿易の構造』は1930年代にナチス・ドイツが東・南東ヨーロッパに貿易と政治的影響力を拡大するさまを分析したもので、中国を扱うものではないが、その分析枠組みは今日の中国の「経済的恫喝」を考えるうえで示唆に富む。世界最大の貿易大国となった中国は各国に強い「影響力効果」を有す。
中国も自らの力を認識。習近平主席は2020年4月10日の党中央財経委員会での演説で「産業の質を高めて世界の産業チェーンのわが国への依存関係を強め、外国による人為的な供給停止に対する強力な反撃・威嚇力を形成する」と表明。実際には「反撃」にとどまらず、オーストラリアのCOVID-19発生源調査、日本の尖閣諸島、ノルウェーの劉暁波へのノーベル平和賞授与、韓国のTHAAD配備等に関連して「経済的恫喝」の先制攻撃を繰り返している点は広く知られている。
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