本能寺は「織田信長の定宿」は大きな誤解である 本能寺の変にはなぜこんなにも誤謬が多いのか

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本稿では、巷間いわれている「本能寺の変」は間違いだらけであることをお伝えしたい。その1つとして、「本能寺は織田信長の定宿」ではなかった。

本能寺の宿泊は2回だけだった

信長が上洛した折には、必ず「本能寺泊」と思っている人が、いまだに多いようだ。

実は信長の約49回の上洛中、天正年間の「本能寺泊」はたったの2回である(厳密には上洛当初の元亀元年〈1570〉7月と8月の2回もあるが、これらを加えても4回にすぎない)。

この2回とは、最後の上洛となる天正10年5月29日と、1年前の天正9年2月20日である。

ではその前はどこに宿泊していたのかというと、「妙覚寺泊」が約20回、「二条御新造(二条御所)泊」が14回、「相国寺泊」が6回、「知恩院泊」等々で、ことと次第によっては「本能寺の変」ならぬ「妙覚寺の変」と呼称する可能すらあったということである。

つまり本能寺は、信長にとってさほど重要な寺ではなかった。最後となる「本能寺泊」は、たまたま信長上洛の護衛に駆けつけた嫡男信忠がすでに妙覚寺に詰めていたので、昨年宿泊した「本能寺泊」にしたということだったのだ。

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