「Go To」は史上最悪の経済政策かもしれない 気持ちは分かるが、菅政権は過ちを犯している

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しかし、それよりも重要なのは「経済を優先させることと、Go Toを意地でも続けることはまったく別問題」ということだ。さらに、前述のように、Go Toはそもそも経済的にもマイナスだから、いかなる意味でも、即刻全廃すべきなのだ。菅首相はそこがまったくわかっていない。

菅首相の認識が間違っているだけなら、極端な話、首相がコロナ対策を担当しなくなれば、問題は解決するはずだと思われるかもしれない。だが、そうではなく、社会的に分断が生じてしまったことが最大の問題であり、永続的に消えなくなってしまっていることが問題なのだ。

Go Toに行く人々は、極端に言えば「行動制限はとにかくいやだ。隙あらば、動きたい」という人々だ。これはこれで理解できる。彼らにとっては、コロナ対策の自粛要請は嫌だし、そもそも営業活動が阻害される人々にとっては迷惑極まりない。

一方、コロナをもともと恐れている人々は、感染が広がっているのに、活動を続け、4~5月よりも拡大している人々に不満、憤りを感じる。もし心が広い人で憤りを感じなくとも、そもそも感染の可能性をより恐れるようになる。

これは合理的だ。感染の可能性は高まっているし、自粛する気がない人々の行動の結果、彼らが活動している外にはますます出にくくなってしまう。この2つのグループの感情的な対立、行動様態の分裂は確定し、断絶は深まる。この結果、感染症対策としても社会が一体となって対策を行うことが最重要なのに、それが失われてしまう。さらに、感染症対策とは別の側面でも、感情的な分断が残り続ける。社会が一体化しているという日本社会の長所が失われてしまうのだ。

今必要なのは「異常な経済刺激策」ではない

結局、菅政権が決定的に誤っていることは、経済を動かすための起爆剤としてGo Toを評価し、また起爆剤が常に必要だと思っていることだ。これは根本的な欠陥だ。

今必要なのは、起爆剤でもないし、刺激ですらない。異常な景気刺激策ではないのだ。「アフターコロナ」とは日常への回帰であり、正常化、平常化なのである。Go Toという政策は異常であり、異常事態でお祭り騒ぎをして、凍っている経済を溶かし、凍土をぶっ壊すことを目指しているようにしか見えない。それが根本的な間違いだ。

正常化するには「コロナを過度に恐れる必要がない」とすべての人々に理解させることが必要だ。その状態を作ることが必要だ。淡々と感染症対策をし、リスクの高い高齢者、リスクの高い施設に対する対策を徹底して行う。後はマスクをして、慎重に、ただし普通に行動する、生活する、経済活動をすることなのだ。

Go Toを使う人は非日常を求めて非日常的に行動し、Go Toを嫌う人は日常に戻れずに、引きこもる。そして社会は分断される。このような結果をあえてもたらすGo To政策は、史上最悪の政策なのだ(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承下さい)。

次ページここからは競馬コーナー。「冬のダート王決定戦」の勝者は?
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