大家族生活からドヤ街に流れた男の意外な最期 「寿町」の住人・サカエさんは静かに眠れたか

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サカエさんは私の質問に淡々と答えながら、テーブルの上の証明書や病院の診察券を一枚一枚しまい始めた。その時になって初めて、カード類はインタビューに備えてテーブルの上に並べられたものであるのに気づいた。それが正確を期すための配慮だったのかどうか、サカエさんの真意はわからない。

いまのサカエさんの望みは、何だろう。

「特に望みはないよ。オレは満ち足りてるんだよ。静かに眠れれば、これでいい人生だったと思うよ」

「眠るというのは、死ぬという意味ですか」

「そうだよ」

サカエさんは、ドヤ暮らしを決して悪いものだと思ってはいないのだ。

最低限の居住スペースの提供という点では、件のグレーのNPO法人も寿町のドヤも大差はない。だが、何かが決定的に違うのだろう。安心できない場所で、人は静かに眠ろうとは思わないはずである。

サカエさんの死

サカエさんは、私がインタビューをした2016年7月8日から半年後の2017年1月8日、入院先の病院で亡くなった。

サカエさんの訃報を電話で伝えてくれたのは、サカエさんの終の棲家となったドヤの帳場さんである。7月の時点では要介護一だったが、年末、急激に身体状況が悪化して、救急搬送されたときには要介護五の寝た切り状態だったという。

サカエさんの逝去を何人かの知人に話してみたが、

「きっとお前にすべてを話したから、もう思い残すことがなかったんだろう。お前、いい仕事をしたな」

という反応が多かった。私は独居老人の看取りの一端を担ったような、少々得意な気持ちになった。

サカエさんは家族から絶縁されていたし、故郷の親族にも連絡を絶たれていたから、遺体と遺品の引き取り手がいなかった。こうした場合、遺体は行政が処理し、遺品は専門業者が処分するのだと帳場さんが教えてくれた。

「部屋を見てみますか」

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