中国の輸出管理法にみる「安全保障観」の異様さ 政治の安定優先、域外適用で自在に制裁対象に

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ところが中国の安全保障の考え方は、習近平主席が強調しているように政治の安定が最優先であり、また「外からの脅威」とともに「国内の安定」も安全保障政策上、重要な課題になっているのである。

対内的安定がなぜ重要なのか。新疆ウイグルやチベット、内モンゴルなど各自治区での少数民族の独立運動や香港の民主化運動、さらに台湾問題など中国は国内に深刻な問題を抱えている。また、住民が政府や企業を相手に集団で諸要求の実現を求めてデモや暴動を起こす「群体性事件」も深刻な問題となっている。正確な数は公表されていないが1年間に数万件、起きていると言われている。

輸出管理法の本当の狙い

群体性事件は、中国社会が抱える地域格差、所得格差などさまざまな矛盾が解決できないため、住民に不満がたまっていることを示している。そして、これらの運動が政府批判、反体制運動に広がっていくと、共産党一党支配の正統性を揺るがしかねない。中国共産党にとってこうした運動を抑え込むことが対内安定維持であって、最も重要な安全保障上の課題となっているのである。

問題は中国流の安全保障観では、中国国内の安定と対外的安全保障が不可分となっていることである。少数民族の独立運動や香港の民主化運動について、中国政府は一党支配の正統性に傷をつけないため自らの非を一切認めず、一貫して「外国勢力が国内勢力と裏で連携、結託している」として暴動などを取り締まっている。そしてアメリカなどが人権問題であると非難すると、「内政干渉である」と激しく反発するのである。

こうした観点から輸出管理法の域外適用規定を読めば、そこに込められた政治的意図が透けて見える。つまり、中国政府は国内の民主化運動などに関与した国があれば、本来の輸出管理の目的を外れてこの規定を自由に使い、その国の企業などを制裁対象にすることができるのである。

同じような内容は6月に成立した香港国家安全維持法の条文にも盛り込まれている。同法には「国家安全保障を脅かす外国または域外勢力との共謀罪」が規定され、香港に住んでいない外国人もこの法律によって処罰すると書かれている。

つまり、中国の安全保障の最大の目的は共産党支配を安定させることであり、それは国外の脅威への対処だけでなく国内の反政府運動などを抑え込むことも意味しているのだ。そして、国内政策の矛盾に対する批判の矛先が共産党に向かわないようするため、「内政干渉」などを理由に国外に批判の対象を作って制裁措置をとる。それを正当化するための法律の一つが今回の輸出管理法なのだろう。

よく言われることだが、日本や欧米諸国は、法によって権力を拘束する「法の支配」(Rule of Law)が定着している。これに対し中国のシステムは法が権力者に奉仕する「法による統治」(Rule by Law)となっている。今回の輸出管理法も明らかにこの規則が当てはまっている。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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