中国の輸出管理法にみる「安全保障観」の異様さ 政治の安定優先、域外適用で自在に制裁対象に

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「利益」は軍事にとどまらず、政治、経済、社会などあらゆる分野に拡大解釈できる。その判断は中国政府にしかできないであろうし、特定国の特定企業を意図的に排除しようと思えばいくらでも恣意的に法律を執行できる。一方、企業にとってはリスクを回避しようのない規定である。

さらに続く部分で「法に基づいて処理」と書かれているが、ここでいう「法」はその前に出てくる「本法」とは明らかに区別されており、輸出管理法以外の法が適用されそうだ。ただ、いったいどういう法律が適用されるのか不明だ。そして最後の「法的責任の追及」も何を意味しているのかわからない。

意図的に抽象的な言葉を並べることで、中国当局が好きなように解釈し、幅広く適用できるようにしているとしか考えられない。日米欧の主要産業団体は法律の草案が公表された段階で危機感を持ち、中国政府に対して「外国企業を著しく不安にさせる」などとして同条項の削除を求めたが、要求は受け入れられなかった。

習近平主席が打ち出した「総体安全保障観」

この条項とともに注意深く分析しなければならないのが、中国の安全保障についての考え方だ。

中国の国家安全についての考え方は習近平国家主席が2014年に打ち出した「総体国家安全観」によく示されている。その内容は日米欧など主要国の伝統的安全保障の概念とはかなり異なっている。

まず、国家安全の対象に「国土の安全」「軍事の安全」など10余りの領域を列挙しているが、その冒頭に挙げているのは「政治の安定」だ。さらに習氏は「対外的安全保障と対内的安定維持を同時に重視する」とも語っている。

中国憲法の前文には「中国の各民族人民」が「中国共産党の指導の下」にあることが明記されている。さらに習氏は2017年の党大会で、「党政軍民学、東西南北中、一切の活動を党は領導する」と発言している。これは共産党はもとより、政府、人民解放軍、民間部門、学術部門などすべての分野において、また地理的にも中央を含め中国全土で共産党指導部が主導権を持つという権力集中を意味している。つまり、中国における政治の安定とは、中国共産党の一党支配の維持・継続を意味しているのだ。

近年、安全保障という言葉は軍事に限定されず、経済や地球環境など幅広く使われることが増えてきた。伝統的には軍事的な面が中心で、外国軍の侵略などから領土、主権、国民を守ることなどを意味している。そのため各国は自国の軍事力を整備するとともに、貿易面では武器に転用されかねない製品や技術の輸出を規制しているのである。

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