有名シェフでさえ危惧する飲食業界の根本問題 リアル店舗以外の収益源を探る動きが加速

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「パリやニューヨークでは、厳しい飲食店の出店規制がありますが、日本にはあまりない。居酒屋が何軒も入ったビルが繁華街に林立する光景は、日本特有のものです」と米澤氏。「1つのパイを取り合っている状況であれば、人手不足にもなります。しかも日本は人口が減っている。仕事を適切に与えるためにも、ある程度の出店規制が必要だと僕は思います」。

確かに、繁華街には驚くほどたくさんの飲食店がある。そのうえ近年は、再開発による新しいビルが次々とでき、その都度数フロア分の飲食店街が出現する。明らかに多すぎる。

「結果が出すぎる」という料理人独自の問題

出店過多の影響は、人手不足にとどまらない。「飲食店が多すぎて激しくなった競争を勝ち抜くために、長時間労働をしなければならない人がいる。人手不足のため、本来シェフやマネジャーになるべきスキルや経験がない人がその職に就いていて、スタッフにうまく指導できない場合がある。すると、部下は仕事が面白くなくなって長続きしない。そういう悪循環が起きています。残酷なようですが、店が減ることは必要だと僕は思います」と米澤氏は指摘する。

また、人が続かない原因には、「そうでなくても、料理人は結果が出すぎる」根本的な要因もある、と米澤氏は指摘。「スポーツ選手だったら、年に数回ある大会に向けて身体を作ればいい。しかし、僕らの仕事は毎日がテスト。あまりにも毎日すぎるので、日々の飲食営業フローにのみ込まれて、本来の喜びが見えなくなりやすい。いろいろなところで原点回帰できる環境が必要だろうと思います」と話す。

米澤氏は飲食店業界の構造的問題によって起こる悪循環に、警鐘を鳴らす(撮影:今井康一)

才能や体力が問われるこの業界は、もともと人の出入りが激しくなる要因を抱えていると言える。米澤氏の場合、高校を卒業後に働いたイタリア料理店「イル・ボッカローネ」の先輩たちと交流を続けており、彼らに会うたびに下働きだった時代を思い出させられると言う。

飲食店の労働時間の長さは近年、注目されているが、時間の長さだけに注目して問題とするのは違うのではないか、と米澤氏は考えている。それはもともと、料理人という職人仕事が、長い時間をかけて研鑽を積み続けることで技術を向上させる質のものだからである。

「飲食店で働くファースト・プライオリティは、お金じゃないと思うんです。ただ今は、情報が可視化されていて、ほかの人がもっと儲けている姿が見えるから、不満が出やすい。でも、一流の人は努力していると思います。僕も子どもの頃、母の料理を手伝って楽しかったので料理人を志し、今でもあまり『仕事をしている』という感覚はなく、自分で決めた仕事を日常としてやっています。この仕事で、人と出会うことや喜ばせることにやりがいを感じています」

料理人がコロナ禍を生き延び、未来の可能性を広げるには、米澤氏のような有名シェフクラスなら飲食のプロデュースや講師などを始めるという方法がある。テイクアウトの総菜事業を本格化させる方法もあるだろう。もちろん、飲食業に見切りをつけて、別の働き方を探すこともできる。何をするか、何ができるのかを考えることが、まだコロナの影響がこれからどうなるかわからない今、必要なことではないか。

どこでどんな店を開くのか、あるいはなぜ飲食業で働くのか。コロナ禍はもしかすると、自分や自分たちが持っていた本来の目的を改めて考える機会を、飲食業界の人たちに与えているのかもしれない。

阿古 真理 作家・生活史研究家

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あこ まり / Mari Aco

1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部卒業。女性の生き方や家族、食、暮らしをテーマに、ルポを執筆。著書に『『平成・令和 食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)』『日本外食全史』(亜紀書房)『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた』(幻冬舎)など。

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