日本で「肉食がタブー」とされた意外な歴史事情

1300年前には「肉食禁止令」まで発布された

肉食のタブーも仏教の思想だ。だから仏教を国教とした大和政権は、国家として肉食を規制した。675年、天武天皇が牛・馬・犬・猿・鶏を食べることを禁じたが、これが日本最初の肉食禁止令。ただ、禁令が出たからといって、それまでの獣肉食の風習が消えたわけではない。

そこで奈良時代の元明天皇も散乱する獣骨は埋め、「解体」は厳禁であると命じ、聖武天皇も「牛や馬は有用なので解体してはならぬ。違反すれば厳罰に処す」と諸国に禁令を発した。こうした奈良時代の度重なる禁令により、貴族の間では肉食が穢れであることが浸透したが、庶民から獣肉食の風習が消えるのにはさらに時間がかかった。

「女性に厳しかった」昔の日本文化

女性の出産や生理も穢れだとして忌み嫌われた。例えば妊婦は陣痛が始まると、産室と呼ばれる狭い部屋や小屋へ移され、日常の生活空間から遠ざけられ、産婆の助けを借りて出産した。夫の立ち会い出産など、昔はとんでもない話だったのである。

さらに、現代でいえばずいぶん失礼な話であるが、女性自体が穢れた存在だとされ、富士山や相撲見物など、女人禁制とする場所も多かった。

なぜ女性がこのような扱いを受けたかは諸説あるが、そんな習慣を逆手にとったのが、浄土真宗本願寺派を中興した蓮如(れんにょ)だった。仏教では、女性は極楽へ行けないとされた。どんなに念仏をとなえ、仏道に励んでも、来世でいったん男に生まれ変わってから、次の世でようやく極楽浄土へ往生できるとされていたのだ。

ところが蓮如は、阿弥陀仏の力によって女身を転じて往生できると断言したのだ。このため女性の信者が殺到、その夫も入信し、本願寺派が爆発的に信者を増やす一因となった。

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