次期「フェアレディZ」は、日産の救世主となるか 発売時期未定でも今、発表会を行う狙いとは?

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では、いったいなぜ、日産は9月16日というタイミングでフェアレディZのプロトタイプを発表したのだろうか。その理由を端的に言えば、アメリカでのフェアレディZの存在感の大きさゆえ、である。

これまでに販売された約180万台のフェアレディZのうち、およそ130万台がアメリカで売れている。「Z CAR(ズィーカー)」の愛称で親しまれ、熱狂的なファンが多いことは、よく知られた話だ。

「ZCAR」ファンを生み出すきっかけとなった初代フェアレディZ(S30型)(写真:日産自動車)

実は、このタイミングでアメリカ最大のフェアレディZのオーナーズイベント「ZCON」が、テネシー州ナッシュビルで開催されていたのである。アメリカ全土のフェアレディZファンが注目するイベントで、「次世代のフェアレディZ」を紹介するというのが、今回のオンライン発表会の狙いだ。アメリカの市場に向けて、日産からの「これからの日産に期待してほしい」というメッセージにほかならない。

なんといっても現在の日産は、まさに崖っぷちだ。春の決算では6700億円もの赤字を計上。5月には実質なリストラ策である「NISSAN NEXST」という経営戦略が発表された。生産台数を減らすだの工場を閉鎖するだの、辛気臭い話ばかりが聞こえてくる。

そんな中で、数少ない明るい話題が「今後18カ月で12の新型車を投入する」というアナウンスであった。記者会見の最後に公開されたイメージビデオには、新型フェアレディZを想起させるモデルを見ることもできた。

日産再浮上の急先鋒になりえるか?

そんな5月の発表から半年も経たない9月に、今回のフェアレディZプロトタイプの発表が行われた。これは、日産の先行きを不安視するファンや関係者に向けての釈明にも、下を向きがちな日産社内に向けた激励にも見える。また、復活への道程を歩み出した兆しとも言えるだろう。

現在の日産の苦境は、ルノーから最高執行責任者(COO)としてカルロス・ゴーン氏を迎え入れた1999年以来のものだ。当時、日産にやってきたゴーン氏は、すぐさま生産終了となっていたフェアレディZの復活を指示した。そして、2002年に5代目となるフェアレディZ(Z33型)が誕生。当時の日産関係者やファンを叱咤激励する、イメージリーダーの役割を果たしたのだ。

初代モデル(S30型)は、1970年代のアメリカにおける日産の地位を劇的に向上させた。その30年後の5代目モデル(Z33型)は、2000年代の苦境にあった日産を励ました。これまでフェアレディZは、日産の苦境を何度も救ってきた。そんな偉大な先達と同様の仕事を、次世代モデルにも期待せずにはいられない。果たして新型フェアレディZは、日産を再浮上させる急先鋒となるだろうか。

鈴木 ケンイチ モータージャーナリスト 

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すずき けんいち / Kenichi Suzuki

1966年生まれ。茨城県出身。國學院大学経済学部卒業後、雑誌編集者を経て独立。レース経験あり。年間3~4回の海外モーターショー取材を実施。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。

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