さらに驚きは、久しぶりに実質的変更の発表を行ったのに、それに対してマーケットはほとんど反応しなかったことだ。メディアに至っては、ほぼ無視したことである。
カリスマがまったくないパウエル議長
これには2つ理由があるだろう。
1つは、現在、金融政策が変わる要素がひとつもないことである。コロナは終息に向かっていることは鮮明で、経済の回復はさらに鮮明だが、それでもすぐに緩和が縮小するとはだれも思っていない。またパウエル議長の発言や発表は、緩和をさらに拡大、延長する可能性の表明であったから、方向性はもちろんサプライズはないし、実際の金融政策が変わる可能性はゼロだったからである。
しかし、より重要なのは、パウエル議長の発言、講演、記者会見の重みが全くないという2つ目の理由である。パウエル議長は、3代前のアラン・グリーンスパン氏以来、久しぶりの学者でない議長である。実務家らしい、直截的なわかりやすい記者会見は、魔術師か妖怪かといわれたグリーンスパン氏の議会証言とは正反対だ。カリスマがまったくないのである。
これは中央銀行のトップとしては致命的だ。これは私が長年主張している、中央銀行トップの使命はただ1つ。市場に支配されず、市場を支配することである。グリーンスパン氏は魔術師として支配し、その後任のバーナンキ氏は「学者ではどうなのか?」と危惧されたが、リーマンショックという外部的要因により、投資家たちが中央銀行に助けてもらうしかなくなったのをうまく利用して、市場の支配に成功した。
ジャネット・イエレン前議長も同じような危惧があったが、意外にうまくやった。性格とさらに金融の学者でもないという、あまりに市場の現場から無関係のバックグランドを逆に上手く利用して、学者としての威厳を保ち、かつ優れた人格者として力を維持した。バーナンキが自らへの攻撃を顧みず、きちんと出口への道を作ってから交代したということも大きかった。
しかし、パウエル議長はしんどい。ドナルド・トランプ大統領の圧力の下に指名された。かつ彼の無謀な、アメリカとしては前代未聞の政治からの口先介入に常にさらされている。その内実は不明だが、常に押し込まれているように見えなくもない状況に陥っている。そこが、むしろトランプ大統領の乱暴で雑だが、上手いところだ。
それに対して、FED(米連銀)は、コロナショック対応でも、従来の中央銀行としてはありえないほどのなりふり構わない緩和の急拡大を即断し、質的にも直接融資に近いことを行い、極度に緩和的なスタンスを今も続けている。
そこへ、さらにこのジャクソンホールでの講演と、FEDの正式文書の発表である。今年のジャクソンホール会合のテーマは「10年先を導く金融政策」であった。
だが、なるほど、FEDにとっては、実務方針の変更発表であり、その変更は大きな変更で、この先FEDの金融政策の大きな方針となるものである。にもかかわらず、発表されたことは「インフレの目標値を2%から、一定期間の平均で見て2%に変更する」、ということに過ぎない。これはあまりに格好悪い。
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