ジョブズ、工業製品をアートにした男の生き様 孤独感がデザインへの異常なこだわりを生んだ

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「最終的に未来は、予測不可能な形に変化する」レジス・マッケンナ。Palo Altoのオフィスにて。1993年12月15日(撮影:小平 尚典)

ジョブズの矛盾した性格についても多くの人が証言している。気に入らない人間は徹底的に嫌うが、信頼できる人にたいしてはとても謙虚な面を見せる。例えばアップルⅡを開発したころ、ジョブズたちはレジス・マッケンナにマーケティングの指南を請う。技術的なスペックばかり説明することに苦言を呈されたウォズニアックは、温厚な彼にしては珍しく腹を立てて部屋を出ていってしまう。一方のジョブズはユーザーとのコミュニケーションが大切だと考えて、レジスとともにマーケティング戦略を進めることになる。なかなか一筋縄ではいかない人である。

感情の起伏が激しかった、という声も多く聞かれる。それに応じて言動は極端なものになった。しかも時と状況によって態度や意見がころころ変わる。かつてのスタッフの1人は、「高電圧の交流のようにジョブズの考えは大きく変化する」と述べている。こうした極端な二面性や多面性は何に由来するのだろう。

ドストエフスキーが示唆するところによれば、最大の要因は出口のない孤独である。『白夜』や『地下室の手記』などの小説には、周りの人たちと日常的な感情の交流ができず、病的なまでに孤立感を深めている人物が主人公として描かれている。『罪と罰』のラスコーリニコフも典型的にこのタイプである。外界や他者との交感能力を欠落させ、何ものにも共感できない隔絶感が彼を自我のなかに閉じ込め、幼稚なエゴイズムにまみれた殺人を空想させる。

「すごい」と言ってくれる人たちを切実に求めた

一方で、彼は他者との親密な交わりを求めている。孤立感が強いだけに他者を求める気持ちも強いのだろう。自分を孤独のおりのなかから救い出してくれる人間を切実に求めているが、現実の人間関係のなかでその思いはかなえられない。裏切られることも多い。だからなおさら自己に閉じこもってしまう、といった悪循環に陥っている。最終的にラスコーリニコフは娼婦ソーニャのおかげでよみがえりを体験するわけだが、そのために彼は罪のない2人の女性を殺さなくてはならなかった。

ジョブズにも強い孤独感があった。ラスコーリニコフと同じように孤独から抜け出したいと思っていたはずだ。伝記を読んでもわかるように、彼には称賛されたいという気持ちがとても強い。辛辣でときには冷酷な態度で自分を守りながらも、同時に「すごい」と言ってくれる人たちを切実に求めていた。

それが「宇宙に衝撃を与えるような製品」を生み出すことに彼を向かわせ、とりわけデザインへの異常なこだわりを生んだ気がする。ジョブズの考えるデザインとは、何よりも孤独から抜け出すための手段だったのではないだろうか。彼は「美」を介して人や世界とつながろうとしたのかもしれない。

第8回に続く

片山 恭一 作家

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かたやま きょういち / Kyoichi Katayama

1959年愛媛県生まれ。九州大学卒。同大学院博士課程中退。『世界の中心で、愛をさけぶ』など著書多数。公式HP「セカチュー・ヴォイス」(http://katayamakyoichi.com)

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小平 尚典 報道写真家

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こひら なおのり / Naonori Kohira

1954年北九州市小倉北区生まれ。 日本大学芸術学部写真学科卒業後渡英し社会派写真家としてデビュー。新潮社『FOCUS』創刊メンバー、御巣鷹山JAL墜落事故写真集「4/524」を新潮社から出版。1987年から米国西海岸に移住。ロングインパクトのIT革命の時代を担うPCビジョナリーを取材。ビル・ゲイツやジョブスらを中心に新しく生まれたイノベーションを多目的に検証し、「Silicon Road」「e-face」を制作。2021年スタンフォード大学ライブラリーに全写真作品がセレクトされた。現在は東京在住。公益社団法人日本写真家協会会員、早稲田大学理工学部非常勤講師。(http://nkohira.shopdb.jp/profile.html

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