日本の格差拡大が昭和末期に始まっていた証拠

国民は容認したが現実には階級社会が進行した

しかし資産格差となると、ごまかすことのできない明確な格差拡大傾向がみられる。とりわけ、地価上昇によって土地・住宅資産の格差が拡大したことは、誰の目にも明らかだった。意識調査の結果からも、所得・収入については60.0%、金融資産についても54.6%の人々が、「10年前に比べて格差は拡大した」と回答していた(いずれも「拡大した」「どちらかといえば拡大した」の合計)。

そこで白書が持ち出すのは、格差に対する国民の意識の変化である。国民の格差に対する意識についての調査結果によると、多くの国民は格差拡大を感じてはいるが、「格差であれば何でもいけない」とは考えていない。

むしろ多くの国民は、「個人の選択や努力によって生活に格差があるのは当然」と考えており、個人の選択や努力によって生じた格差は容認する傾向が強い。こうした調査結果を白書は、国民の格差に対する意識が「成熟」しつつあることを示している、と結論づける。「個人の選択や努力によって生活に格差があるのは当然」とするこの傾向は、最近では「自己責任論」と呼ばれている考え方と同じものだろう。

「朝日新聞」社説が階級社会の到来に言及

この白書を、公表された翌日、1988年11月19日の社説で取り上げたのは『朝日新聞』だった。社説には「『格差社会』でいいのか」という見出しが付けられていた。「格差社会」とは、「格差」「社会」というごく一般的な用語をつなげただけの造語だから、過去においてもさほど意識的にではなく使われた例はあった。この社説はおそらく、意識的に用いた最初の例だろう。このことは記憶にとどめておく価値がある。

ただし社説をよく読むと、本文中に使われているのは「格差社会」ではなく「階級社会」である。「『格差社会』でいいのか」という見出しは、本文ができあがったあとの整理の段階で付けられたようだ。なぜこうなったのか。

社説は、「個人の選択や努力によって生活に格差があるのは当然」という受けとめ方を、国民の格差に対する意識の「成熟」だとする白書の主張に、異を唱えている。現実の社会では人々は公平な条件の下におかれているのではなく、個人の努力が報われるとは限らない。地価や株価の高騰により社会の公平さが崩れ、こうして作られた資産の格差は相続によって次世代に伝えられる。日本の現実には「新しい階級社会」の兆しをみてとることができるのではないか、と。

「新しい階級社会」―思い切った表現である。おそらくは最後の段階で、「新しい階級社会」という表現があまりにも刺激的だと考えた誰かが、見出しに「格差社会」と付けたのだろう。

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