三宅:それは問題ですね。それまで通産省は手を打ってこなかったのですか?
江崎:この外国為替取引規制には、少額取引について適用除外の規定がありました。歴代の為替金融課は、大蔵省と交渉して適用除外となる金額を引き上げることが重要な仕事でした。当初500万円くらいから徐々に引き上げられ、3000万円くらいになっていたと思います。
引き継ぎのときに、「この金額を1000万円引き上げられたら、君の銅像が建つよ。」と言われたので、「こんな制度、廃止したらいいじゃないですか」と答えたら、「君は何もわかっていない」としかられました(笑)。
三宅:しかも銀行にとってはそうとう大きな収入源だったわけでしょう?
江崎:ええ。おそらくこれほどおいしいビジネスはなかったと思います。ほとんどノーリスクで手間も掛からず莫大な利益が転がり込むのですから。この問題を何とかしようと動き始めると、「この分野に手を出すとケガをするぞ」とか、「役人としての将来に傷がつくぞ」と言われるなど、いろいろありました(笑)。
ただ、制度を調べれば調べるほど、問題点が浮き彫りになっていきました。当時、為替手数料は、1米ドル当たり1円、1英ポンド当たり4円で固定されていましたが、この手数料は1ドル360円時代、1ポンド1000円時代に決まったものです。大蔵省に理由を聞くと、「戦後、日本は外貨の調達にたいへん苦労した。今後、いつ外貨の調達が難しくなるかわからないので外貨管理の制度は必要だし、外貨の調達コストを考えれば、銀行がこれくらいの手数料を取るのは当たり前だ」と言われました。しかし、当時は大幅な貿易黒字が外交問題になるくらい日本は外貨を保有しており、この説明に唖然としたのを覚えています(笑)。
実態に合わない法律は変えればいい
三宅:それでどうしたのですか?
江崎:役人同士で話をしても、大蔵省の権限だからと言ってまったく取り合ってくれないので、産業界と連携して外国為替審議会の場で、委員からの不規則発言として問題提起することを考えました。当時、外国為替審議会というのは、すべての発言が前日までに登録されるという慣行がありましたので、本来、不規則発言はありません。そこで初めて不規則発言をしようというのですから大変でした(笑)。産業界代表の委員の皆さんも総論賛成なのですが、ネコの首に鈴をつけるのはさすがに逡巡されていました。このため、通産省で研究会を開催し、国際的な制度比較や経済効果など、さまざまな材料をそろえました。半年かけて準備し、年明け1月の外国為替審議会で勝負に出たのです。
三宅:翌日の日経新聞の一面トップに「外為法改正か!」と出て、一気に流れが変わったんですよね。
江崎:このときは大変でした。大蔵省の幹部は机を蹴飛ばして、「何でおまえらにこんなことを言われなきゃいけないんだ!」と怒鳴るし、課長からは「君は当分、大蔵省に顔を出さないほうがいいんじゃないか」と言われるし(笑)。でも、実は制度が実態に合わなくなっていることは大蔵省もわかっていて、ただきっかけがなかったのだと思います。それに銀行にとってあまりにおいしい制度なので、銀行を所管する大蔵省からは言い出しづらかったのでしょう。程なくして、外為法改正は、大蔵省の進める「日本版金融ビックバン」の目玉政策になっていましたから(笑)。
三宅:この不規則発言から始まって、外為規制は廃止され、電子決済もできるようになりました。法律の名前も「外国為替管理法」から「外国為替法」に変わり、管理の文字が消えましたね。
江崎:そのとき確信したのは、「実態に合わなくなっている制度や法律は、変えればいいんだ」ということです。民間企業の方だけでなく、われわれ役人でも「これは法律です」と言われると尻込みしてしまうところがあります。何か問題があっても、無意識に法律や制度の範囲内でできることを考えようとする。特に、役人は「政策」というと、すぐに「予算」を獲得することばかり考える癖がついています(笑)。でも、障害になっている制度や法律が変わらなければ、実際のところ何も変わりません。確保した予算も、結局、無駄になってしまいます。
ベンチャーという芽があっても、資本市場から資金調達できない。日本は貿易立国だと言いながら電子決済ができない。これでは日本の持っている力が発揮できません。みんなおかしいと思っていても「法律がそうだから仕方がない」と思考停止に陥っているのです。
三宅:江崎さんはそこに着目して、みんなが絶対に無理と言っていたことを成し遂げてきたのですね。もうひとつ、最近では再生医療の問題に取り組んでいらっしゃいます。これも厚生労働省ではありえないと考えられていた改革です。次回はこの話と、江崎さんの仕事術について伺いたいと思います。
(構成:仲宇佐ゆり、撮影:ヒダキトモコ)
※ 後編は5月7日(水)に掲載します。
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