五木寛之「最高のマイナス思考から出発しよう」 1人で孤独だが繋がる時代にどう生きていくか

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――今、業種によっては非常に苦しい境遇に追い込まれている人も大勢います。どう頑張っていいかわからない、何をしていいかわからない。『大河の一滴』に出てくる言葉を使えば「こころ萎え」の状態に陥っている人も多いと思います。こうした不安が渦巻く時代と、どのように向き合えばいいでしょうか。

本にも書いていることですが、僕はマイナス思考から出発したほうがいいと思っているんです。世の中は、花は咲き鳥が歌うような理想の世界ではない。私たちは、ついつい人生は明るく楽しいものだと思いたくなるし、社会がそれを用意してくれると考えてしまう。でも、それは違うんです。

仏教をつくったブッダは、「この世の中はひどいもんだ」というところから出発しました。この世は不条理である。正義が必ず勝つとは限らない、努力も報われない場合が多い、それから愛が報われるとも限らない。善人がばかを見るようなこともたくさんある。そういう不条理な世界を、ブッダは「苦」と表現しました。まさに究極のマイナス思考です。

その「苦」の世界のなかで、私たちはどうすれば被害を少なくして生きていけるのか。そういう生活信条を弟子たちに説いて教育したのが、仏教の始まりでした。

今、カミュの『ペスト』が読まれていますが、僕なら『ペスト』とともに同じくカミュの書いた『シーシュポスの神話』を薦めたい。シーシュポスという男が神々の怒りを買って、山の下から頂上まで大きな岩を担ぎ上げるという罰を受ける。彼は言われたとおり、担ぎ上げるけれど、頂上まで担ぎ上げていった途端に、その岩はまた転げ落ちてしまう。そこでまた彼は、下から担ぎ上げていく。それをずっと繰り返すんです。

この作品の背景には、人生というのは、こういう無駄なことなんだろうという非常に深いニヒリズムがあります。と同時に、繰り返し繰り返し無意味なことをやっていくなかに、人間性の気高さみたいなものをカミユは見いだそうとするわけです。僕は、そういう感覚を持って生きることが大切だと思っています。

マイナス思考からの出発

――『大河の一滴』でも「なにも期待しないという覚悟で生きる」ことを説いていますね。

ポジティブ思考の人は、頂上まで岩を担ぎ上げていけば、目標は達成されて新しい世界が開けると思ってしまう。でも、そんなことはありません。どれだけ頑張って持ち上げても、岩が落ちてくるようなことが人生は必ず起こります。

例えば健康に留意してジムに通ったり、食生活に気を遣ったりしても、老化や加齢による体の衰えには抵抗できません。そういうことをしっかりと見定めて、マイナス思考から出発したほうがいいというのが僕の説なんです。

努力は報われないと覚悟し、それでも努力する。努力が報われたなら、それは踊り上がって喜ぶくらいの感激を持っていないといけない。明日は来ないと思って明日が来たら、心から喜べばいい。明けない夜はないという言い方があるけれど、明けない夜だってあります。今はどこか、過剰に希望を持ちすぎている。でも希望を持ちすぎてそれがかなえられないと、かえって苦しむことになってしまうんです。

『大河の一滴』(書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします)

「病気を克服する」というけど、人間は死という病を宿して、その感染者として生まれてくるわけです。どんなに努力しても必ず死ぬ。無限の未来なんてものはありません。

そのことを冷静に考えてみる。暗く絶望的に考えるのではなくて、冷静にそれを受け入れて、そのなかで少しでもいいことがあったら、大いに喜ばないといけません。正直者は損をする。でも正直にやって、それが報われたらこんな幸せなことはないと思えばいいんです。

『大河の一滴』では、中国の文学者、魯迅の「絶望の虚妄なることは希望に同じ」という言葉を引いています。絶望というものは、希望と同じくらい虚しいものである。希望もないし絶望もない。余計な期待を持たなければ、がっかりすることもありません。こんな時期だからこそ、最高のマイナス思考から出発したほうがいいと思うんですよ。

斎藤 哲也 ライター・編集者

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さいとう てつや / Tetsuya Saito

1971年生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。ベストセラーとなった『哲学用語図鑑』など人文思想系から経済・ビジネスまで、幅広い分野の書籍の編集・構成を手がける。著書に『試験に出る哲学 「センター試験」で西洋思想に入門する』がある。TBSラジオ「文化系トークラジオLIFE」サブパーソナリティも務めている。

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