黒人記者が語る「抗議デモ」と「人種主義」 知らないうちに、死んでるのかもしれません

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さて、現状はこうです。

白人の警察官が、無実で丸腰で手錠をされた男性を窒息死させ、それが映像に残っていても(警察署が丸焼けにされるまで)罪に問われないのです。これはとんでもない権力の乱用です。法による抑制と均衡の正義が裁判所で満たされないことが続けば、残された道はストリートの正義しかありません。

ストリートの正義はきれいごとではありません。保証します。

フェンスに座って傍観するなんてできない

人々は警察を軽蔑します。警察は責任を問われることなくぼくらを痛めつけ、良い警官ですら、黙って不正義を続けることはおかしいと声を上げることはできないようになっているからです。

人々は政府を軽蔑します。はっきりと大声で警察の暴力を非難せず、そうすることで暴力の黙認を匂わせるからです。

人々は企業たちを軽蔑します。心なく利益を手にするばかりで、ぼくらのお金は取るが、ぼくらの子供たちが、妻や夫が、友だちが、ぼくら自身が殺され、路上に転がっていても、助けてはくれないのならです。そういう企業たちは傍観し、ほとぼりが冷めるのを待って、いつものビジネスに戻るのです。

人々は白人たちを軽蔑します。その人たちが白人の特権に気づいていても、いなくても。黒人の友だちがいようが、全米黒人地位向上協会に寄付していようが、“Black Lives Matter”のバッジを買っていようが、ぼくらには関係ありません。人の心があれば、絶え間なく続く黒人に対する犯罪に嫌悪感を持ち、悲しみに暮れ、激怒するはずです。そうしないのなら、軽蔑に値します。そんな嫌悪感、悲しみ、激しい怒りがあっても、同じ人間として黒人を助ける行動をとらないのであれば、その人も黒人の首に膝を押し付けているのと同じです。

フェンスに座って傍観するなんて、もうできないはずです。世界のどこにいても、あなたは虐げる側と一緒にいるか、虐げられる側と一緒にいるか、どちらかなのです。

あなたが今ニュースで目にしているのは、文字通り、白人至上主義の社会を焼き落とそうとしている人々の姿です。そのシステムから恩恵を受けているはずの多くの白人たちでさえ、その特権が黒人に文字どおり膝を押しつけ、路上で窒息死させることで成り立っていることに、今やうんざりしています。

あなたは今まさに、アメリカの運命を見ています。もっと早く来たるべきだった、当然の報いを見ています。もしそれが見えないなら、そこに正義を感じることができないなら、日本よ、自分の心臓が動いているのか確認してください。

知らないうちに、死んでるのかもしれません。

(翻訳編集:小沢健二 翻訳:集合知和訳バトルロイヤル33人衆)

バイエ・マクニール 作家

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Baye McNeil

2004年来日。作家として日本での生活に関して2作品上梓したほか、ジャパン・タイムズ紙のコラムニストとして、日本に住むアフリカ系の人々の生活について執筆。また、日本における人種や多様化問題についての講演やワークショップも行っている。ジャズと映画、そしてラーメンをこよなく愛する。現在、第1作を翻訳中。

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