所有者不明の土地が続出する被災地の実態 シリーズ用地買収① 復興を止めているものは何か

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このうち2つめの問題は、所有者を見つけ出して、全員と売買契約を結ぶことができなければ、用地買収そのものが実現しないことを意味する。「売買契約に頼らざるをえないことは事業を進めるうえできわめて重大な問題だ」と、復興事業の実務に詳しい小口幸人弁護士は指摘する。

 「たとえば相続未了の土地の場合は相続を済ませてもらったうえで、一人一人の相続人の持ち分を確定するのが第一段階。その後に売買の交渉に入る。そして全員を説得して売買契約を結ぶ必要がある。自治体は職員のマンパワー不足の中で、気が遠くなるような作業を強いられている」(小口弁護士)。

3番目の職員の確保も大きな問題だ。大槌町の都市整備課では36人の職員のうち32人が全国の自治体からの応援職員で占められている。36人のうち24~25人が用地取得業務に従事しているが、膨大な作業量と比べて人員不足は明らかだ。町独自で採用しようにも専門的な知識を持った職員の確保は容易でない。

抜本解決策を求める自治体

こうした事態を踏まえ、復興庁や国土交通省も、これまでにさまざまな対策を講じてきた。防集事業の計画変更手続きの簡素化や財産管理人制度の活用などに加え、昨年10月の「用地取得加速化プログラム」策定により、用地取得の期間を「飛躍的に短縮させた」(復興庁)としている。だが、少なからぬ自治体が実効性が不十分と受け止めている。

碇川豊・大槌町長

碇川豊・大槌町長は、「これまでの政策では根本的な問題解決につながらない。岩手県が提案したような特別立法の実現可能性を超党派で考えてもらいたい」と注文を付ける。

岩手県と岩手弁護士会は2013年11月に用地取得のための特例制度導入に関する論点整理をとりまとめた。そこでは、専門の機関を設けて現在の土地収用よりも迅速な手続きで用地取得と工事着工につなげる仕組みの導入を提唱している。

東北弁護士連合会もこれに先立つ13年7月に「被災地の復興を促進するため、新たな法制度および制度の改正・改善を求める決議」を満場一致で承認。今年3月には日弁連が「復興事業用地の確保に係る特例措置を求める意見書」を発表した。陸前高田市や住田町の住民からも、復興事業を早めるための取り組みを求める要望が提出されている。

日弁連の意見書は、「岩手県沿岸では、政府の加速化措置が功を奏しているとは言えない地域が多数存在している」として、「財産権を保障しつつ補償金支払い前に早期着工および(地権者の)権利喪失を許容する立法措置は十分に可能である」と述べている。

日弁連では「意見書の原案は災害対策本部が中心になって作成したうえで、各委員会に照会した。意見書で述べた立法措置については憲法上も特に問題ないとの判断になった」(とりまとめにかかわった前出の小口弁護士)という。

岩手県や沿岸部の自治体、弁護士会などの提言も勘案して、民主党は4月2日に用地取得手続きを抜本的にスピードアップさせる復興特措法改正法案を衆議院議員に提出した。

だが、民主党の法案について、根本匠復興相は「国民の権利義務の制限にかかわる話なので、憲法上の問題がないか吟味が必要」と国会審議の場で指摘。これまでの用地取得加速化プログラムなどで十分に対応できるとの考えを示している。

しかしながら、必ずしもそう言い切れないことは、民主党が打ち出した抜本的な改正改革法案の直前に、与野党から現在の土地収用手続きの見直しを柱とした復興特措法改正法案が相次いで出されたことからも明らかだ(与野党のキーパーソンへのインタビュー参照)。

岩手県が作成した資料によれば、1万9497件にのぼる県および県内市町村の契約予定件数のうち、「共有・相続(多数権利者)」や「抵当権等」「行方不明」「所有者不明」などの「懸案件数」は3831件にのぼっている(県の分は13年10月末現在、市町村の分は同年9月末現在の集計)。また、権利者調査が進んでいないために「不明または分類困難」となっているものも6403件に達している。

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