所有者不明の土地が続出する被災地の実態 シリーズ用地買収① 復興を止めているものは何か

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 「(財産管理人制度の円滑な活用や土地収用手続きの事業認定期間における審査期間の短縮といった)国の加速化措置の効果は限定的。膨大な数の相続登記手続き未了、多数共有等の事業用地の課題は、迅速に解決できない」と県は指摘している。

釜石市役所

釜石市の佐々木勝・復興推進本部事務局次長は、「用地取得加速化プログラムなど、これまでの国の施策は役に立っている。これを最大限活用して事業を進めていく方針だ」と説明する。買収予定面積のうち取得済みは2月末現在で28.7%にとどまっており、若干遅れぎみだというが、「14年度中にすべての土地取得を終わらせるべく全力を挙げていくる」(佐々木氏)。その一方で、岩手県や大槌町、土地区画整理事業用地を対象にした一括方式での借地権設定の特例措置を要望している陸前高田市などのように、抜本的な制度改革を声高に叫ぶ自治体も少なくない。

釜石市片岸海岸

岩手県が釜石市片岸海岸で進めている防潮堤建設のための用地買収は、国によって用地取得迅速化のモデル事業として位置付けられた。4月3日の衆議院・東日本大震災復興特別委員会での審議で根本復興相は、迅速化の取り組みによって、「同事業では用地取得を2~3年短縮する成果も出てきている」と説明。これに対して質問に立った民主党の階猛衆議院議員は「不十分だ。もっと危機感を持たなければいけない」と応酬した。

県による片岸海岸の防潮堤用地取得では、買収が必要な42件の土地のうち約6割で「所有者不明」や「相続未処理」という難問に直面した(表参照)。用地取得手続きは13年1月にスタートしたが、現在も相続人間の調整が終わっていない案件が現在も残っている。

 

土地収用の前段階で膨大な労力

土地収用手続きに踏み切った案件では、不動産登記簿謄本の表題部に「◎◎(実名)ほか40名」との記載があるだけで誰が所有者かわからない状態だった。県では明治時代に作成された旧土地台帳から「◎◎ほか40名」の実名を見つけ出し、その子孫に当たると思われる関係者601人を戸籍謄本などを用いて割り出したうえで、所有権の確認ができる資料の有無について一人一人に問い合わせる作業を進めた。だが、その際に連絡のつかない人が数百人にのぼったうえ、「連絡が取れた人のうちでも権利証や売買契約書など所有権を証明できる書類を持っていた人は一人もいなかった」(岩手県沿岸広域振興局土木部用地課の佐藤義人主任主査)。こうしたことから、県では収用手続き以外に解決手段はないと判断した。

このように土地収用が可能な事業であっても、その前段階で膨大な労力が費やされているのが実態だ。

復興事業については防潮堤の高さなどをめぐって住民の間で今なお賛否が存在する一方、これ以上の事業の遅れは許されない段階に来ている。また、近い将来に予想される首都直下型地震や南海トラフ地震などの大規模災害を念頭に入れた場合、今ある手段の活用で復興事業を進めるのに十分なのか。被災地での用地取得問題は、重大な問いを投げかけている。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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