日本人に知ってほしい「抗議デモ」の根深い真因 なぜ抗議活動は世界的な広がりを見せたのか

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所得が上昇してきている黒人、アジア系に対して、工場閉鎖などで自分たちの立場が悪化していることに苦しみ、薬物やアルコールに依存する生活に陥ってしまうのだ。

このような白人労働者階層の一部は、白人至上主義に走る(なお白人至上主義者には、いわゆるインテリで高所得な人もいるので、一面的な分類は危険であることを付言しておく)。苦境にある白人労働者は、アメリカ国内の有色人種や移民に対して厳しい意見を持ち、トランプ大統領を支持するのだ。

激しい黒人・白人間の人種差別を国内で経験してこなかった日本人が、排外主義的な白人労働者を批判することは簡単だ。しかし、寿命が短くなるほどに追い詰められていく白人労働者階層の現状にも心を寄せていくことも、社会の分断を防ぐためには大事であると認識すべきだ。

「雨降って地固まる」に向かうか

最後に、今後のアメリカや世界への影響について、2点述べたい。

第1には、未曽有の広がりを見せた平和的抗議デモを契機に、反人種差別の気運が高まることである。

このような見解は、「楽観的すぎる」と批判されるであろう。しかし、アメリカはすでに、人種差別的な発言をツイッターで行うだけで解雇される社会になっている。

また、白人至上主義者の意見としても、人種差別自体を肯定する意見は多くなく、むしろ同質的な社会を目指して、分離居住などを志向していることが多いとされる。ネット上でも、統計的に分析すれば、人種差別や偏見に基づく投稿は減少傾向にある(スティーブン・ピンカー『21世紀の啓蒙』)。

反人種差別の大きな傾向がすでにある中、今回の事件が反人種差別に向けた問題意識をさらに高めていくことになるのではないか。

第2に、トランプ大統領の再選への黄信号である。

大統領は自らの選挙戦略の観点から社会の分断をあおっているが、共和党支持者の一部を含むアメリカ人の多数は、分断に対して反対である。

トランプ大統領の支持率は、コロナ禍に対して積極的にメディアでの対応を始めた3月にはいったん上がったが、今回のミネソタ州での事件後は急落している。傾向としても、不支持率との差は開いてきている。

特に今回は、共和党関係者からも強い批判が出た。白人労働者階層など一部の岩盤支持は簡単には崩れないとの見方が依然強いものの、共和党の中でも反トランプ感情が高まってきており、大統領再選に対して黄信号が灯ったといってよいだろう。

歴史を見れば、極端な政策には反発が起きて、その次には振り子のように逆の社会が生まれることがある。今回の抗議デモの拡大とトランプ大統領の対応は、アメリカ社会に大きな禍根を残すことになろう。

しかし、「雨降って地固まる」の言葉どおりに、新たな連帯の社会になる可能性も高いとみている。後世の歴史家が「トランプ大統領の人種差別的な発言、社会分断的な発言に対する反発が、逆にアメリカと世界に連帯の意識を醸成させた」と論じることを願ってやまない。

山中 俊之 神戸情報大学院大学 教授、国際教養作家、ファシリテーター

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やまなか としゆき / Toshiyuki Yamanaka

1968年兵庫県西宮市生まれ。東京大学法学部卒業後、1990年外務省入省。エジプト、英国、サウジアラビアへ赴任。対中東外交、地球環境問題などを担当。首相通訳(アラビア語)や国連総会を経験。2000年、株式会社日本総合研究所入社。2009年、稲盛和夫氏よりイナモリフェローに選出され、アメリカ・CSIS(戦略国際問題研究所)にてグローバルリーダーシップの研鑽を積む。2010年、グローバルダイナミクスを設立。累計で世界96カ国を訪問し先端企業から貧民街、博物館・美術館を徹底視察。ケンブリッジ大学大学院修士(開発学)。高野山大学大学院修士(仏教思想・比較宗教学)。ビジネス・ブレークスルー大学大学院MBA、大阪大学大学院国際公共政策博士

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