ドイツ憲法の番人が危うくするEUの一体性 EUの司法判断を無視する動きが広がるおそれ

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第7条に基づく制裁手続きは、問題国を除く全加盟国の一致がある場合に、重大かつ持続的な基本価値違反があることを決定する。最終的にはEU加盟国としての権利(例えば政策決定時の投票権など)が停止される。だが、ポーランドへの制裁発動にはハンガリーが反対し、ハンガリーへの制裁発動にはポーランドが反対するため、EUは両国に対して有効な法的対抗手段が取れずにいる。

ドイツ憲法裁判所が欧州司法裁判所の法解釈に公然と異を唱えた今回の判決は、EUに懐疑的な政権が率いるハンガリーやポーランドが欧州司法裁判所の決定を無視するうえで格好の口実を与える。欧州司法裁判所は先月、ポーランド政府に対して同国の裁判所判事の選出方法が司法の独立性を脅かす懸念があるとして是正命令を出したばかりだ。近くハンガリー政府の難民政策がEU法に違反するかの判決も言い渡す予定だ。

EUは難しい立場に追い込まれた

EUは難しい立場に置かれている。ドイツ憲法裁判所の独自見解を容認すればEUの法体系の安定性を危険にさらすばかりか、東西欧州間の対立を助長しかねない。ハンガリーやポーランドは自国ばかりが槍玉に上がり、ドイツが特別扱いされる二重規範を攻撃材料にするだろう。欧州委員会のフォンデアライエン委員長がドイツの閣僚出身であることも、批判の的となる。

だが、ドイツに対してEU法の侵害手続きを開始すれば、ドイツ政府がドイツ憲法裁判所の決定に対して責任を負い、ドイツ国内の権力分立という別の問題に直面することになる。ドイツ基本法(憲法)の番人であるドイツ憲法裁判所の下した法的判断に、ドイツ政府が介入することが果たして認められるのだろうか。司法の独立性を脅かす干渉との批判を招き、欧州司法裁判所やEUに対するドイツ国民の不信感を招く可能性がある。

今回のドイツ憲法裁判所の決定は、さまざまな形でEUの屋台骨を揺るがしかねないリスクを内包しているのだ。

田中 理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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たなか おさむ / Osamu Tanaka

慶応義塾大学卒。青山学院大学修士(経済学)、米バージニア大学修士(経済学・統計学)。日本総合研究所、日本経済研究センター、モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッター証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)にて日、米、欧の経済分析を担当。2009年11月から第一生命経済研究所にて主に欧州経済を担当。

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