マーは、来日して3年弱になる。働いている食品製造会社は、従業員のほとんどが中国人で、緊急事態宣言の出される2週間前には、会社から土日の外出禁止令を言い渡されていた。「不要不急の外出が禁止」ではなく、「家を出てはいけない」と言われていたようだ。
マーが住んでいたのは、会社が1棟を丸々社員寮として借り上げているマンションで、住人のほとんどが中国人だという。一時期、新型コロナウイルスの発生源が中国の武漢であるとのニュースが流れ、心ない日本人から中国や中国人を誹謗中傷する声も上がっていたので、会社も中国人の感染には敏感になっていたのだろう。
「土日は、もう外出できない」というマーに、「車で、マンションの近くまで迎えに行くよ」と陽一は提案した。
しかし、それにはこんな答えが返ってきた。
「私が外出禁止令を破って外に出て、男の人の車に乗ったところを会社の誰かに見られたら、大変なことになります。会社をクビになってしまうかもしれない。会社が外出を許してくれるようになってからでないと会うのは難しいです」
そう言われると会いにも行けず、ひたすらコロナの終息を待つことしかできなかった。
そんな状況下で陽一は、“距離は離れていても、心は離れたくない”と強く思った。仕事を終えてそれぞれの家に帰ると、2人はWeChatを使って、何往復もメッセージのやり取りをした。WeChatとは、ワンクリックするだけで日本語を中国語に、中国語を日本語に翻訳してくれる機能も備わっている、中国ではメジャーな通信アプリだ。
アプリでコミュニケーションを取りながらひたすら終息を待っていたのだが、志村けんさんが亡くなり、芸能界にも感染者が出始め、コロナウイルスは拡大していく一方。そして、とうとう安倍総理による緊急事態宣言が出された。
陽一は、会えないまま時間が過ぎていくことを危惧した。
彼はなぜ彼女をここまで好きになったのか。
出会いもなく淡々と過ごしていたけれど…
ここで、陽一がなぜ婚活を決意したのかを遡ろう。
私を訪ねてきたのは、10カ月ほど前のことだ。20代の頃はスポーツのインストラクターをしていたこともあり、身長175センチの細マッチョ。現在は、ある販売店の店長を任されており、年収もいい。また、若い頃から投資を勉強し、それを趣味にしているので、資産もあった。現在都心のマンションに1人暮らしをしているのだが、そのマンションも5年ほど前に現金購入していた。
入会面談のときに、こんなことを言っていた。
「30代の頃、女性と数年ほど同棲していたことがあったんです。その彼女とは“長すぎた春”と言いますか、結婚のタイミングを逃してしまった。別れてからは出会いもなく、家と会社の往復をしながら、なんとなく年だけ重ねてしまいした」
そんな平凡な日常を送っていたときに、大学時代の友人から結婚式の招待状が届いた。
「“えっ!?”と思って、電話をしたんです。そうしたら、『実は結婚相談所に入って、婚活をした』と。相手は、お見合いで知り合った女性でした」
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